いじめは、加害者と被害者だけで起こるものではありません。
その場にいる周囲の子どもたち、つまり傍観者も、いじめの構造に深く関わっています。
令和のいじめでは、この傍観者の存在がとても大きくなっています。
誰かが悪口を言う。
周りが笑う。
SNSで誰かをからかう投稿が流れる。
「いいね」が押される。
グループチャットで誰かが外される。
誰も止めない。
こうした空気の中で、被害を受けた子は「一人の子に嫌われた」のではなく、「みんなに受け入れられていない」と感じます。
直接悪口を言っていなくても、笑ってしまう。
見て見ぬふりをする。
あとで誰かに伝えない。
SNSで反応してしまう。
それだけで、被害を受けた子の孤立感は深くなります。
ただし、傍観している子どもを単純に責めるだけでは解決しません。
子どもたちも怖いのです。
止めたら自分が標的になるかもしれない。
空気を壊したら嫌われるかもしれない。
先生に言ったら告げ口だと思われるかもしれない。
そう考えて、動けなくなる子もいます。
だから大人が教えるべきなのは、「勇気を出して止めなさい」だけではありません。
一人で止められないときは、大人に伝えていい。
直接かばえなくても、あとで「大丈夫?」と声をかけていい。
SNSで広がっているなら、反応しないことも大事な行動になる。
安全な方法で助けを求めることは、告げ口ではなく、人を守る行動なのだと伝えることです。
傍観者を変えるには、教室の空気を変える必要があります。
「見ているだけでも、誰かを傷つけることがある」
「でも、一人で全部を背負わなくていい」
この両方を伝えることが大切です。
いじめを止める力は、特別に強い子だけが持つものではありません。
小さな違和感を大切にする子。
傷ついている友達に気づける子。
後で大人に相談できる子。
そういう子どもたちが増えることで、いじめの空気は少しずつ変わります。
私は、不登校、ギフテッド、2E、発達特性のあるお子さんが、安心して人と関われる居場所づくりに取り組んでいます。
ギフテッド食堂は、ただ食事をする場所ではありません。
子どもが自分のままでいられ、人との関わりを少しずつ取り戻せる場所です。
学校の中で苦しんでいる子にも、見ているだけで苦しくなっている子にも、安心できる第三の場所が必要です。
お子さんの居場所は、学校だけではありません。
私が、その子にとって安心できる大人の一人になれるかもしれません。