―子どもたちの世界は、大人が思うよりずっと苦しい―
小学生の不登校が増えています。
しかも、それは単なる微増ではありません。
文部科学省の調査では、2014年度に約2万5千人だった小学生の不登校は、2023年度には約13万人にまで増えています。
およそ10年で5倍です。
この数字を見たとき、私たちはまず考えなければなりません。
「最近の子は弱くなった」のか。
「親が甘くなった」のか。
それとも、子どもたちを取り巻く環境そのものが、大きく変わってしまったのか。
私は、後者だと思っています。
今の小学生は、大人が想像する以上に忙しい毎日を送っています。
学校がある。
宿題がある。
習い事がある。
塾がある。
友だち関係もある。
SNSやゲーム、オンライン上の人間関係もある。
かつての子ども時代にあったような、ただぼんやり過ごす時間、目的もなく遊ぶ時間、誰にも評価されない時間が、どんどん減っているように感じます。
子どもは、本来もっと余白の中で育つものです。
失敗してもいい時間。
何もしない時間。
友だちと無意味に笑う時間。
空を見たり、虫を追いかけたり、ただ歩いたりする時間。
そういう時間の中で、心は少しずつ回復します。
ところが今の子どもたちは、低学年のうちから評価され、比較され、予定に追われています。
「ちゃんとしなさい」
「早くしなさい」
「みんなと同じようにしなさい」
「将来のために頑張りなさい」
そう言われ続ける中で、心の逃げ場を失っている子も少なくありません。
不登校は、子どもが怠けているから起こるのではありません。
心と体が「もうこれ以上は無理だ」と知らせていることがあります。
朝になるとお腹が痛くなる。
頭が痛くなる。
ランドセルを背負った瞬間に涙が出る。
玄関で足が止まる。
それは、わがままではなく、限界のサインかもしれません。
特に小学生の場合、自分の苦しさをうまく言葉にできません。
「何が嫌なの?」
と聞かれても、本人にも分からないことがあります。
友だち関係なのか。
先生との関係なのか。
勉強なのか。
教室の空気なのか。
疲れなのか。
全部が少しずつ重なっているのか。
大人のように整理して説明することは難しいのです。
だからこそ、親や先生は「理由を言えないなら大丈夫」と考えてはいけません。
言えないほど苦しいこともあります。
言葉になる前に、体が先に反応していることもあります。
小学生の不登校が増えている背景には、子どもたちの世界が大人の想像以上に過密になっている現実があります。
自由な時間が減り、競争が早まり、人間関係も複雑になっている。
その中で、心の弱い子だけが倒れているのではありません。
むしろ、敏感な子、真面目な子、頑張りすぎる子、周囲の空気を読みすぎる子から、先に動けなくなっているのかもしれません。
不登校の子を責める前に、私たちは問うべきです。
この子は、どんな世界の中で毎日を生きていたのか。
どれほど頑張ってきたのか。
何を抱え込んでいたのか。
不登校は、子ども個人の失敗ではありません。
子どもを取り巻く社会の変化が、家庭の中に表れている現象でもあります。
だから必要なのは、叱ることではなく、まず守ることです。
学校へ戻すことだけを急ぐのではなく、安心して休める時間をつくることです。
そして、子どもにこう伝えることです。
「あなたが悪いわけではない」
その言葉が、回復の最初の土台になるのだと思います。