LDとは、学習障害、または限局性学習症と呼ばれる発達特性です。
知的な力全体が低いわけではないのに、読む、書く、計算する、聞いたことを整理するなど、特定の学習で強い困難が出ることがあります。
たとえば、音読が極端に苦手。
文字を読むのに時間がかかる。
漢字を何度練習しても覚えにくい。
板書を書き写すのが遅い。
作文になると手が止まる。
計算の手順をすぐ忘れる。
文章題になると何を聞かれているのかわからなくなる。
こうした姿が見られることがあります。
これは、本人が怠けているのではありません。
努力していないのでもありません。
脳の情報処理の仕方に特徴があり、文字、音、数、形、順序などを扱うところでつまずきやすいのです。
LDの子どもは、周囲から誤解されやすいです。
「さっき教えたでしょ」
「何回書けば覚えるの」
「ちゃんと読めばわかるでしょ」
そう言われ続けると、子どもは勉強そのものが怖くなります。
本当は理解しているのに、読むことに時間がかかる。
考えはあるのに、書くことで止まってしまう。
数の意味はわかっていても、計算の記号や手順で混乱する。
そのような子どもに必要なのは、根性論ではありません。
その子に合った学び方です。
LDには短所だけでなく、長所もあります。
耳で聞くと理解が早い。
図や絵で考えるのが得意。
発想が豊か。
物語や会話の理解が深い。
興味のある分野では強い記憶力を見せる。
人の気持ちに敏感。
一つの見方にとらわれず、独自の発想ができる。
こうした力は、学び方が合えば大きな強みになります。
向いている仕事としては、文字や計算だけで評価されにくい仕事、発想力や体験知を生かせる仕事、人と関わる仕事、視覚的に考える仕事、手を動かす仕事などが合いやすいことがあります。
たとえば、デザイン、イラスト、動画制作、接客、営業、料理、スポーツ、職人系の仕事、企画、保育、福祉、ものづくり、芸術、起業などです。
反対に、細かい文字処理だけを長時間続ける仕事、正確な書類作成が中心の仕事、暗算や数字管理が多い仕事、短時間で大量の読み書きを求められる仕事は苦手になりやすいことがあります。
ただし、これは「LDだからこの仕事は無理」という意味ではありません。
読み上げ機能、音声入力、計算機、チェックリスト、図解、テンプレートなどの道具を使えば、苦手を補いながら力を発揮できる場面はたくさんあります。
親ができる一番大切な関わりは、「もっと練習しなさい」と追い込むことではありません。
まず、「この子はどこでつまずいているのか」を見つけることです。
読むのが苦手なら、音声で聞く方法を使う。
書くのが苦手なら、口頭で答えさせる。
漢字が覚えにくいなら、意味やイメージと結びつける。
計算が苦手なら、具体物や図を使う。
長い文章が苦手なら、短く区切る。
板書が苦手なら、写真やプリントを活用する。
大切なのは、苦手な方法を無理に続けさせることではありません。
その子が理解できる入口を探すことです。
LDの子どもは、「できない経験」を積み重ねやすいです。
その結果、「自分は頭が悪い」「どうせやっても無理」と思ってしまうことがあります。
だからこそ、親の言葉がとても大切です。
「あなたはできない子ではない」
「やり方が合っていないだけかもしれない」
「別の方法でやってみよう」
「わかっていることはちゃんとあるよ」
そう伝え続けることが、子どもの心を守ります。
LDの子どもに必要なのは、苦手を責める教育ではありません。
得意な理解の仕方を見つける教育です。
読むことが苦手でも、考える力がないわけではありません。
書くことが苦手でも、伝えたいことがないわけではありません。
計算が苦手でも、物事を理解する力がないわけではありません。
大人がすべきことは、その子を「努力不足」と決めつけることではありません。
その子が力を出せる学び方を、一緒に探すことです。
LDは、欠点だけを示す名前ではありません。
その子がどの入り口から学べば伸びるのかを知るための、大切な手がかりなのです。