「それって、問題だよね」
「いやだよね、ああいうの」
──たしかに、そう思えることはあります。
でも、ちょっと立ち止まって考えてみませんか?
それって、本当に問題なんでしょうか?
なぜ嫌だと感じているんでしょう?
意外と、自分でもはっきり答えられなかったりします。
人って、もっともらしい理由をあとからつけがちです。
でも実際は、根っこにあるのは「漠然とした不安」だったり、
「こうあるべき」という、よく考えたこともない思い込みだったりします。
そして、それに気づかないまま、
「悩んでる自分」を日常にしてしまう。
でも、本質が見えてくると、
それは問題である必要すらなくなっていきます。
そもそも、人生はあなたのものです。
なのに、
「ちゃんとしてる自分」
「すごく見える自分」
「嫌な思いをするかもしれない自分」
そんな外向きの自分ばかりを作ろうとしていませんか?
誰かに評価されるために。
誰かに認めてもらうために。
でも、どれだけ立派な形をつくっても、
内側が満たされていなければ、苦しさは消えてくれません。
ときには、「誰かが自分を苦しめている」と感じることもあるかもしれません。
けれど、その思いにずっと囚われていると、
人生は外側を変えるための戦いになってしまいます。
そして、それは終わることがありません。
あの人の言い方が嫌だ。
この環境が合わない。
今の状況が苦しい。
そうやって外の何かを変えようとし続ける限り、
心は落ち着く暇がない。
仮に思いどおりになったとしても、
次は「それを失う不安」に追われてしまう。
でも、安心してください。
悩まなくても、生きていけるんです。
そんなにがんばらなくても。
そんなにすごくなくても。
何か特別なことをしなくても、
人は、ごくふつうに、ちゃんと生きれます。
ただ、勘違いしているときは、
それに気づけないだけなんです。
苦しみの正体は、
「気づけていない勘違い」なのかもしれません。
でも、それは悪いことじゃありません。
人は、そうやって少しずつ、
本当のことに気づいていく生き物だからです。
だからこそ、まずは焦らずに、
自分に問いかけてみてください。
「今、自分はほんとうに、何に悩んでるんだろう?」
その問いに、はっきりした答えが出なくても大丈夫です。
特に、ニュースを見ていて嫌な気持ちになったときなんかは、いいタイミングかもしれません。
少し立ち止まってみると、
そこに出てくる情報のほとんどが、あなたの人生とは実はほとんど関係ないと気づくことがあります。
「自分にとっての問題は何だろう?」
そんな問いがふっと出てきたとき、
もうすでにあなたは、「誰かの人生」ではなく──
「自分の人生」へと、静かに歩き出しているのかもしれません。