恋愛の悩みを聞いたりしていると、
表面には静かで見えにくい怒りが、確かに心の奥に見えることがあります。
けど、多くの人は「私、怒っているわけじゃありません」と言います。
実際に表に出ているのは、哀しみや孤独、不安のように感じるからです。
でも、よくよく心の中を一緒に見ていくと、こんな気持ちが顔を出すことがあります。
「どうして、あの人はわかってくれないの?」
「こんなに好きなのに、なんで報われないの?」
「私ばかりが苦しいのは、なぜ?」
「もっと愛される存在だったら、うまくいったのに」
こうした感情の裏には、気づかぬうちに抱えた怒りがあります。
怒鳴ったり攻撃だけが怒りではありません。
「こうあってほしい」と願った通りにいかないときに、
心の中に生まれる拒絶──それも怒りの一種なのです。
最初は、相手への不満や、自分を責める気持ちが表面に見えます。
でも、心の中を丁寧に見ていくと、
「わかってもらえないこと」への悔しさや、
「思い通りに動いてくれないこと」への苛立ちが潜んでいることに、少しずつ気づいていきます。
人は、どれほど大切に思っていても、「こうあってほしい」と望んでしまう。
それはとても自然なことです。
親しい相手だから・大切な人だからこそ、
自分の中にある「理想のかたち」を押しつけてしまうこともあります。
気づかぬうちに、相手をありのままのその人として見ずに、
自分が望む人に仕立て上げようとしてしまうのです。
たとえば、自分がされて嫌なことを、気づかずに相手にしている──
そんな経験、誰しも一度はあるかもしれません。
そのとき本当に愛していたのは、誰だったのでしょう。
目の前の相手?
それとも、自分の理想に合う誰か?
もしくは自分自身?
誰かを愛するとき、つい「わかってほしい」「こうしてほしい」と願ってしまいます。
それが叶わなかった気持ちに、気づかなかれば怒りの芽が出てきます。
怒りは、悪い感情ではありません。
「わたしは、こうしてほしかったんだ」と、自分の心を教えてくれる大切なサインです。
ただ、その声に気づいたとき、自分も相手も責めるのではなく、
「こんなふうに考えていたんだな」と、そっと受けとめてあげること。
そうすれば少しずつ、相手を自分の枠の中の人ではなく、
目の前にいる唯一のその人として見られるようになっていきます。
わかってくれないことが、悲しかった。
でも本当に悲しかったのは、
わかってもらいたい「私の理想」だった。
あなたに向けた想いは、
果たしてあなたのためのものだったのだろうか?