「変わりたいのに、変われない」
そう思ったことはありませんか?
努力したい。何かを変えたい。
けれど気づけば、誰かのせい、環境のせいにしている。
そんな自分に、ふと息苦しさを覚えたことはないでしょうか。
その違和感の正体——
それは、“変われない自分”が、自分を守るために紡いできた
言い訳の物語かもしれません。
■ 誰でも語る、よくある言い訳
「やろうと思ってたのに、親がうるさいからやる気がなくなった。」
これは子どもだけの話ではありません。
「あの言い方で全部やる気が失せた」
「今はタイミングが悪い」
「周りがやる気ないのに、自分だけ頑張っても無意味だ」
こうした言葉の背景には、
“本当はやりたくなかった”という気持ちが潜んでいることがよくあります。
けれど、それを認めるのは苦しい。
だから他人のせいにする。
そして、気づかぬうちにその言い訳を、
自分自身にも信じ込ませてしまう。
■ 安心と引き換えに、自由を手放す構造
責任を他人に預けることで、
一時的な安心を得られることがあります。
でもその代償として、
「自分は変われる」という力と自由を手放すことになるのです。
まるで、子どものすべてに手を出して成長の機会を奪ってしまう親のように。
私たちは、自分の変化のチャンスを
自らの保護によって失っていることがあるのです。
■ 気づけば論点がすり替わる
もともとの目的は「変わりたい」だったはず。
けれど言い訳を重ねるうちに、
「なぜ変われなかったか」の説明に力を注ぎはじめる。
そして最後には、
「やめてもいい」と誰かに言ってもらえたときの安心を、
誰かに説明できる「やめていい理由」を、
どこかで求めている自分に気づくのです。
■ 苦しければ、素直になっていい
「やめたい」と思うなら、そう言えばいい。
「向き合いたくない」と正直に言えばいい。
無理に立派な理由を探さなくていいのです。
“正しさ”で自分を守ろうとすることが、
一番自分を縛ってしまうから。
■ 言い訳したい自分に気づくと始まる
言い訳をしたくなるのは、当然の反応です。
誰もが、自分を守りたいのです。
でも、本当に変わりたいのなら——
何が怖かったのか
誰に認めてほしかったのか
どこで諦めたのか
それを静かに観ることが必要です。
“変われない自分”という物語から、
そっと降りてみることが、次のページを開く鍵になります。
■ 物語から、現実へ
もう、他人のせいにしなくていい。
やるもやめるも、自分で決めていい。
そしてその選択には、自分で責任を持っていいのです。
今までも選んできた。これからも選べる。
その自由を、誰のせいにもせずに引き受けられたとき——
“変われない物語”は、完結します。