失敗は思考の中に

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何も間違えず、自分にとって正しい判断がしたいってみなさんが考えるのではないかと思います。

少なくても僕はそう考えていしたし、合理的な判断をしようと考えています。

これまでどうだったかを考えてみると何度となく間違えを繰り返し、

同じ事を何度もやってみて、

ある程度自分にとって正しい判断ができるようになってきたのではと思っています。



今でも試す前から間違えたくないと考えることはあります。

でも同時にやってみないとわからないことも知っています。

無駄な事を繰り返したから、無駄ではないことを選択できることを知っています。

無駄を繰り返したから、無駄の中にも合理性があることも知っています。



知らない人は不合理なことを平気で言っているのを知っています。

踊りを習う前から、かっこよく踊れるように習おうとします。

知らない人はこれを練習する意味があるのか考えます。

せっかく先人が近道を教えてくれているのに、

自分が未知の世界に踏み込んでいくのに、

入る前からこれはあっているか間違っているか判断するのは合理的でしょうか。

分からなかったらやってみる。

分かるまでやってみる。

やってみて無駄を知った時、自分が何に違和感を感じたのかを知る時もあります。

例え本当に無駄であっても、そこから知れることもある、

周り道は無駄でしょうか。



本当の無駄とは、それを何にも活かさないことだと思います。



そうなった時、自分に都合の良い情報源だけ信じないで、

調べるだけ調べて、その情報を精査し、その上でやってみる。



今日の結論

すべて自分の選択、責任の所在は自分にあると知った時、

たとえ失敗であったとしても無駄になることはないと考えます。

自分がすべての責任をとっていると知れば、無駄な動きは減りますから。


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