仕事をやっていると、何かのテーマについて自責で臨む人と他責的な人では実績にも成長速度にも明らかな差が出ます。ですから、教育する場面においては他人事ではなく自分事として取り組みなさいと言うことはよくあります。自責思考は基本的に良いことなのですが、これの使い方を間違えている人が結構います。
先日、ある問題を話し合っていた際、その問題が起こした当事者よりも周りの人の方がその問題に対して真剣に考えるという場面に出くわしました。さらにその当事者の上司は「こういう話は誰かの責任を追及すれば良いというものではない。この問題にあまり関わっていない人も含めてみんなが自分のこととして考えることが大切だ。」と言いました。確かに言葉としては間違っていないように感じます。しかし「まず責任を負うべきなのは誰か?」という観点が弱いと感じました。
まず自分の仕事に責任を持つ。その上でみんなで協力を求めて問題に取り組む。それが筋というもの。当事者やその上司が誰よりも真剣に考えなければならないのに、その前に周囲の人に自分事としての対応を求める。当事者の自分事を周りの人に押し付けているようなものです。つまりそれほ自責を果たしていない人が他人に自責を求めることです。それを他責と言うのです。
「みんなで決めよう。」はある種の責任分散の手段でもあります。責任を負うべき人が安易に自責を他者に求めることは必ずしも正しいとは言えないと考えます。