前回に続きまして恋愛がテーマです。
「どういうこと?」の答えを書きたいわけではありません。
そのまんまです。
離婚してから、様々な恋愛をしてきたつきこですが
恋愛には悩みがつきもの。
その中で、一番困ったのが「大切にしているけれども何もしてあげられない」
っていう男の存在でした。
大切に思ってくれているだけでうれしいわ、と思える時期もあります。
でも、連絡もしてこない状態で大切もないだろうということになっていく。
別に海外で電話が通じないわけでもなければ、宇宙に行ってるわけでもない人が、連絡してこないことを「よさげ」に解釈する理由があるのかないのか。
そんなことで気持ちが「ある」という前提で、例えば「愛されてるのにあなたは信じてあげないの?」と言われましても、天国にいる父からの愛のほうがずっと感じられるんだけど・・・どうしたら・・・みたいな。
私は、一般的な家族の形態を捨てました。それでも、一緒に暮らしてきたからこその愛は間違いなくあるし、家族から連絡があろうがなかろうが関係ないという状態を実践しています。
一緒にいるだけが愛ではない、というのを知っている私だからこそ
それに甘えて「俺の愛もわかってくれるよね」と「会うことや話すことを手抜きしてくること」を「そ・れ・は・ち・が・う・く・ね?」と言います。
男性は、よくそういうことをしがちです。
父も元夫もそうでしたけど「気持ちさえあれば話さなくていい」みたいなところ。
天国行ってしまったらそれでちゃらになるけど、できることなら会話できる間にちゃんと伝えてもらいたかったよね。普通に。
「黙っていても相手が俺の愛をわかってくれる」という、テレパシー頼み(超能力あるという前提ですか?みたいな)で甘えてくるのを、これマジでどうしたらいいのかと思いませんか。
女性が自分軸じゃないからとか、インナーチャイルドがなんたらとか、そこだけが問題ではない。
相手におんぶにだっこしているのは、その男性であって、
その人を好きだからこそ、そのおんぶにだっこ状態は困るわけでしょ。
愛とは手間を惜しまないこと。それに尽きるでしょう。
手間も時間も惜しんでる人の愛ってなんだよ。
ぐらいのことは、言っちゃっていいんです。
肉体を持ってる人間だから。
離れる離れないは別にして。
そうはいっても別れたくなかったり、好きだったりするのが人間だからね。
悲しみも喜びも寂しさもうれしさも経験するのが人間のだいご味だけど
ひとりでは乗り切れないことも多い。
ふたりの関係性なのにどちらかだけの自己責任で別れる別れないを決めさせるのはあまりにも酷だと思うから。
そのために「相談」というメニューがあるのです。
決めるまでの右往左往にお付き合いいたしますよ。(何気に宣伝)
「そんな男にひっかるのは○○だからだ」とか「別れられないのはあなたが○○だからだ」とかも必要ないです。
言ったところで何も変わらないし幸せにもなりません。
大切なのは、自分を大切にしながら一歩一歩進むこと。結果はどっちでもいいんです。どっちにしたって学びはある。
愛してもいない人と一緒に暮らせる日本だからなあ。
愛する人を大切にしない人間になっちゃうんだろうな。
愛する人を大切にすることが当たり前の世界にしたいね。
ふぁいてぃ~~~ん!