飽きる手前で、手を動かしてアイデアを出して乗り越えろ

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AIに任せると、なぜ飽きるのか

AIは便利だ。でもそれだけでは、すぐに飽きてしまう。
任せるプロンプトの作業や工程に、自分の熱量が乗らなくなってくる。
同じやり方を繰り返していくと、いつしか刺激は鈍くなり、ルーチン化する。

最初は楽しい。けれど慣れてしまえば、心は別の場所を求めるようになる。
そうなると、AIがいくら高性能でも、そこに面白さを感じられなくなる。
それは技術の限界ではなく、僕自身の「退屈する感覚」によるものだと思う。

式っぽくいえば、

インプット(人が書く指示など)×AI(LLMとか、画像生成とか色々なやつ)=アウトプット(でてくるもの)

となる。インプットが固定化されれば、驚くほど同じようなアウトプットになるだけといえば当たり前なのだけど。

惰性になる瞬間を、どう越えるか

ただ、すべてに飽きるわけではない。
描くこと、書くこと。没頭すれば、むしろ飽きるという感覚が消えていく。
僕の中から出てくるアイデアが次の展開を引っ張ってくれる限り、飽きずにいられる。

逆に、何も工夫せずに続けていると、あっという間にその行為は退屈に変わる。
誰かに指示された作業ならなおさらだし、自分で決めたことでも刺激が薄れれば同じだ。
だから、飽きないためには「次」を思いつけるかどうかが大事になる。

僕は、飽きない工夫をどこまで仕込めるかをいつも意識している。
アイデアが常に先回りしてくれていれば、手は止まらない。

先の式でいえば、実は、
インプット×AI×アイデア=アウトプット
ではないかということになる。

アイデアは常に入れることで飽きや予定調和を回避できると思う。

任せることで見えてくる限界

AIに任せる発想そのものが、悪いわけじゃない。
けれど、任せた先での「操作感」や「関与の度合い」が希薄だと、すぐに限界を感じてしまう。

そのとき、僕はどこまでをAIに渡し、どこからを自分の手でやるかを再確認する。
全部任せると、逆に自分の創作への耐性が薄れてしまうような気がする。
「AIでもできること」に耐えられなくなって、自分でやりたくなる衝動が戻ってくるのだ。

そうやってバランスを取り直し、戻せなくならそれは結構やばいかなと思う。

このあたりのさじ加減は、もうつかっていって試して調整していくしかない。あなたのAI感、AI観と僕のそれは違う。

少なくとも僕は飽きがちなので、そこまですぐ飽きる人はいないと思う。けども、やはり作業になる部分は似てくるだろう。面倒くさくなるのだ。

しかし、問題は、最初は面白かったものが、作業化することでつまらなくなるということがあるということだ。最初は面白かった→作業化で効率化→面白くない→辞める。面白いものをつまらなくするのは罪といっていいのではないかと思う。罪というと言い過ぎだが、それを想定していないのに、つまらなくしてしまうことがだ。

当然それは人がやったことだからなんともいえないのだけど、気づかずにその面白さをAIに渡してないか?そこは結構吟味したほうがいいと思う。


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