視点を外に向けることで見えてくるもの
自分を知ろうとする時、つい自分の内側に意識を向けてしまいがちだ。
でも、僕が実感しているのはむしろ逆で、相手や外側の世界に目を向けた時に、自分が思っていた以上に深く見えてくるということ。
何かを見たい、何かを得たいと思って直接手を伸ばすと、意外とそれは遠ざかっていく。
まるでゾーンに入るような感覚で、目的を手放した時、思考や感覚は自然に深まっていく。
だから、意図的に「間接」を選ぶことが、実は一番の近道になるのかもしれない。
矢印を自分に向けず、外に放つ
僕が最近よく考えるのは、「自分から自分に向ける思考」には限界があるということ。
自分→自分のベクトルだと、ループしてしまい、視野が狭まっていく。
けれど、自分→外→自分という循環が生まれると、思考は広がり、跳ね返ってくるものの中に新たなヒントがある。
矢印を一度、他者や社会の動きに向けると、その中で自分の立ち位置が見えてくる。
これは仕事でも同じで、自分のつくったものだけを見ていると、世界との接続が失われてしまう。
大事なのは、どこに届けるかを考えることで、届ける先に目を向けるからこそ、自分のつくるものの意味も浮かび上がってくる。
型を持ち、流れに投げる
シゴトも思考も、確立された「型」があることで、外に意識を向けられる。
キーボードを打つときにキーを見なくても打てるのは、すでに身体に「型」が入っているから。
画面を見ながら文章を打つように、自分の中にあるスキルや感覚を信じて、社会の流れの中に投げ込んでみる。
うまくいかなければやめればいい。
自分に向けた視線をいったん外にそらし、社会の空気や他者の動きに目を凝らすことで、結果的に自分がどうありたいかがはっきりしてくる。
外に出た視線は、必ずどこかで自分に返ってくる。その時の跳ね返りこそが、自分の思考を次の段階へと運んでくれると思う。