データを取るだけじゃ終わらない
昔から、記録することに抵抗はなかった。
むしろ、自分の思考や行動、身体の変化を残すことに安心を感じている。
あとから振り返って、「あの時の僕は、なにを考えていたか」「どんな流れで今につながっているのか」を知るのが好きだ。
ただ、それは単なる記録魔では終わらない。
僕の中では、「データを残すこと」と「気持ちを扱うこと」が、自然とつながっている。
体調、気分、仕事のパフォーマンス、会話の記録。そこに感情の揺れや、違和感、わずかな希望の兆しまでが一緒に並んでいる。
記録とは、感情を忘れないための構造でもある。
だから僕は、それを「振り返る」ことに意味を見出せる。
感情と客観を両立できるということ
多くの人にとって、記録や分析はどこかストイックで、感情とは切り離されたものかもしれない。
だけど僕にとっては、感情こそが分析の出発点であり、目的でもある。
「なぜこれがしんどかったのか」「何をしているときに心が軽かったか」
数字に置き換えられるものもあれば、言葉にしかならないニュアンスもある。
僕が得意としているのは、その両方を扱えること。
冷静さと熱さ、論理と気分のあいだを往復しながら、自分の状態を理解しようとする姿勢。
それは誰にでもできることではない。
記録が得意な人は、感情の波に飲まれがちだったり、逆に感情に敏感な人は、データを見るのが苦手だったりする。
僕は、両方の視点を持ちながらバランスを取ることができる。
それが、自分のひとつの強みだと最近ようやく思えるようになった。
自分の強み、もっと届くかもしれない
実際、この力はこれまでもいろいろな場面で使ってきた。
誰かの話を聞きながら、ことばにならない感情を整理したり、記録の中から見えてきた傾向をそっと手渡したり。
そういうやり取りの中で、少しずつ「これは僕にとって自然なことだけど、役に立つことなんだな」と思えるようになった。
だから「強みを活かす」という意味では、すでにやってきた。
でも、まだ余地がある気もしている。
もう少し、自分の中だけで完結させずに、使っていける場面があるかもしれない。
無理に目立たせる必要はない。けれど、必要な人に届くように、少しだけ外に向けて開いてみる。
そんなふうに、この力と付き合っていけたらいいと思っている。
というわけで、そんな僕がおすすめというか一番売れているのはこちらの、起業アイデアやビジネスアイデア出しです。
アイデアに困った人はもちろんですが、一緒に壁打ち的にこんなアイデアどうだろうか。そうやってAIと話すのもありですが、AIではない、僕は人なので、感情や感覚を持って全力でやっています。
ビデオ通話などの壁打ちなどもあります。
というわけで、僕の持ち味のハイブリッドになにかピンとこればお気軽にご相談くださいませ。
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