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事実と真実の違いを知っていますか③

一緒に考えてみませんか 「事実」は実際に起きたこと「真実」は人それぞれの主観で受け取ること 「真実」においては物事の正確さよりもそれぞれがどう捉えるか、どう捉えたいかというものである 「事実」を求める人と、「真実」を求める人はどちらが多いのでしょうか。 個人的な事に関しては主観的な「真実」を見出すことになっていくと思いますが、自分以外の人が関わることで、なにかを判断するときに必要になってくるのは、「事実」を元に考えることなのではないかと私は思います。 あくまで私自身の主観による意見ですが。 事実と真実の違いを見極めるヒント「事実」と「真実」を見極めるためのヒントを龍神様のオラクルカードに問うてみました。出たカードは「界龍」様。 【心地良い環境を整える】龍神が休む場所、安心できる場所をあらわす界龍様。自分の居場所を心地良く整えることで、運が開けてくることを告げるカードです。 空間が私たちに与える影響はとても大きいもの。 だからこそ、不要なものを手放して、心地良く安心できる場所にすることを促しています。 このカードを見たときに、やはり、真実を求める人は、現状の自分になにか不満があるからなのだろうと考えました。 なにもかも全てうまくいっている人の方が珍しいですが、真実を求めている人は、「自分にとって都合のいいこと」を真偽を問わず選んでしまう傾向があるのではないかと考えました。そしてその「真実」はまるで「事実」であると思い込んでいるように見受けられます。 「正しさ」とは何でしょうか。 個人的なことであれば、「正しさ」も「真実」を求めることは自身を導いていくものになるでしょう。 し
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自分の振り幅は他人から見るとないに等しい

これはシゴトづくりでもそうですが、自分の失敗したこととか、うまくいかなかったこと、自分のスキルもそうですが、正確に分かる、把握できている人っていません。自分ですらそうなのですからね。その時他人からみて正確にでなく、どのように見えるかは大事です。ただどちらも見え方の話であって、どちらも「正しい」のですね。このことを踏まえると、・自分の振れ幅は全然あっていい・他人からみると、それらはないに等しいことがあるとなります。故に、・自分が思ったほどぶれてない・わりとテーマに従って軸があって生きていると思われるという話です。自分の振れ幅がいくらあってもいい自分という一人の人生において、それは色々あっていいわけです。分かりやすいのは、ライフタイム充実度?みたいなものです。0-100みたいな点数をもって、年齢分引っ張ってみて書いてみる。いつが最も良いか、今はどうか。別にそれに正解はないんですよね。この0-100とか、最小値と最大値がまさに振れ幅です。それは誰でもあると思っていて、ずっと50って人も珍しい。だから駄目とかいいとかではなく。人からみてもそれは分からないでは、人がそれを見ても「そうなんですね」「大変ですね」みたいなことは言えるし、そういう話でしかない。あとは、その人のライフタイム充実グラフを見せても、それはその人の主観なので、比較する意味がないんですよね。話のネタにはなるんですけどね。だからこそ、他人からみたら「0-100」で振れ幅あるけど、大変ですねくらいでしかなく、そこまで関心がないというと嫌がる人がいるかもですが、まあそんなものなんですよね。というか当たり前というか。そういう他人
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私の原点――30年越しに再び動き出した実践の続き

自己催眠、そしてメンタルフルネスのルーツは、言うまでもなく催眠術にあります。  私が催眠術を実践していたのは、1990年代のことです。 とはいえ、「実践」と言っても大げさなものではありません。  当時、脚本家を目指してサークルに所属していた私は、10人ほどの仲間にある目的をもって催眠術をかけていました。 それは――  **「自分の作品を客観的に読む」**というものです。 人は自分の作品を、どうしても「傑作」にしか感じられないものです。  私はこれを一種の“催眠状態”だと考えました。 そして、その状態を意図的にコントロールできれば、客観的に作品を見られるのではないか――そう考えたのです。 結果は非常に良好でした。 どうやら私は催眠術をかけるのが得意だったようで、そのほかにもさまざまな実験を行い、大いに楽しんでいました。 しかし、脚本を書くこと自体があまりにも苦しくなり、やがて私はその道を離れてしまいます。  サークルも、催眠術の実践も、すべては夢とともに置き去りにされました。 それは、今からおよそ30年前のことです。 その後も、自己催眠だけは細々と続けてきました。 そして年月を経る中で、確かな効果が積み重なっていきました。 今、それを多くの人に伝えたいと思っています。 そして、実際に試した人たちがどのような変化を得るのか――それを知りたいのです。 それが、現在私がこの取り組みを続けている理由です。
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自身の「主観的な感情」を勝手に「客観的な事実」へと脳内変換する人には注意が必要です!

今回は、「自身の『主観的な感情』を勝手に『客観的な事実』へと脳内変換する人には注意した方が良い」というテーマについて、思うところをお話させて頂きます。上記のYouTube動画でもお話させて頂きましたので、よろしければそちらもご覧頂けますと大変有難いです。 まず『主観』と『客観』の違いについて簡単に説明をしますと、『主観』というのは「個人の感情や価値観などに基づいて物事を観る事」を意味しており、一方の『客観』というのは「事実やデータ、法律や証拠、学問や不変的情報などに基づいて物事を観る事」を意味しております。 例えば、Aさんという現在30歳の女性がいるとします。 この場合、Aさんが30歳であるというのは、生年月日という不変的なデータに基づいている事から、まさに『客観的な事実』であると言えるでしょう。 一方、そのAさんの見た目がかなり若々しくて、一見すると30歳には見えず、25歳ぐらいに見られる事もあるとします。 この場合、例えばBさんがAさんを見て「25歳ぐらいに見える!」と思ったとしても、それはあくまでBさんの『主観的な感情』に過ぎず、実際にはAさんが30歳である事は紛れもない『客観的な事実』となりますので、基本的に「ある事実」を確認する際は、個人の『主観的な判断』ではなく、その事実を裏付けるためのデータや証拠といった『客観的な判断』に基づいている事が大切だと考えられます。 このように、『主観的な感情』と『客観的な事実』が異なるというのは良くある話ですし、それ自体は別に悪い事ではないのですが、問題となるのは、「自分の考えが絶対に正しい!」「自分が間違えるはずがない!」と思い込ん
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理論、感情、創造力、3つのバランスを欠くとどうなるのか解説する。②現在共感型のみの組織は不安定

前回に引き続いて、共感型のみの団体がどうなるか考える。これは、漫才のコンビやトリオ、零細企業の5人程度の組織にもいえることである。また、夫婦という結束力が大切なペアでも言えるので、夫婦の方でもぜひ考えてみてほしい。人口割合は未来創造型が1割、現在共感型が6割、過去再現型が3割だと言われている。(北野唯我さんの天災を殺す凡人より)俺も今まで70名以上から小説依頼でみげか診断を受けて来たけど,おおむねこの割合だった。(なんなら未来創造型特化は10%ではなく5%以下)今回の現在共感型は6割と過半数を占めるため、組織における共感型が多く集まる機会は多い。①未来創造型: 目的軸、主観客観の外、直感、未来、批判9割絶賛1割 ②現在共感型: 大衆軸、客観、流行、現在、肯定6割無関心4割 ③過去再現型: 自分軸、主観、積み上げ、過去、肯定3割否定3割他4割一人だと10PT、二人以降だと相性補完によって11~15PTに増える。 ①未来1現在5過去4②未来2現在7過去3③未来1現在6過去3④未来2現在7過去1 ⑤未来2現在3過去5↓ 組織の最大値 未来2現在7過去4→13PT (最大は24PT) 5人集まっても13PT、共感性が多すぎる組織はこういった特性がある。①感情的な行動で再現性=根拠がない②売り上げの起伏が激しく安定しない③あっという間に流行が廃れるため、見切りをつけるタイミングが重要④共感性の強さから、売り出す人間性に注目されず「ジャンル」認知される⑤売れた物に飛びついて最速シェアをすることばかり考える⑥0から1を作る独創性がなく、後から大企業にパワー負けする「あっ! ソレ私かも!?」
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僕の中の記録と感情のハイブリッド

データを取るだけじゃ終わらない昔から、記録することに抵抗はなかった。むしろ、自分の思考や行動、身体の変化を残すことに安心を感じている。あとから振り返って、「あの時の僕は、なにを考えていたか」「どんな流れで今につながっているのか」を知るのが好きだ。ただ、それは単なる記録魔では終わらない。僕の中では、「データを残すこと」と「気持ちを扱うこと」が、自然とつながっている。体調、気分、仕事のパフォーマンス、会話の記録。そこに感情の揺れや、違和感、わずかな希望の兆しまでが一緒に並んでいる。記録とは、感情を忘れないための構造でもある。だから僕は、それを「振り返る」ことに意味を見出せる。感情と客観を両立できるということ多くの人にとって、記録や分析はどこかストイックで、感情とは切り離されたものかもしれない。だけど僕にとっては、感情こそが分析の出発点であり、目的でもある。「なぜこれがしんどかったのか」「何をしているときに心が軽かったか」数字に置き換えられるものもあれば、言葉にしかならないニュアンスもある。僕が得意としているのは、その両方を扱えること。冷静さと熱さ、論理と気分のあいだを往復しながら、自分の状態を理解しようとする姿勢。それは誰にでもできることではない。記録が得意な人は、感情の波に飲まれがちだったり、逆に感情に敏感な人は、データを見るのが苦手だったりする。僕は、両方の視点を持ちながらバランスを取ることができる。それが、自分のひとつの強みだと最近ようやく思えるようになった。自分の強み、もっと届くかもしれない実際、この力はこれまでもいろいろな場面で使ってきた。誰かの話を聞きながら、ことばにな
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「昔は良かった」は本当か?データが語る現代の生産性

「昔の人はすごかった」という感覚的な評価をよく耳にしますが、この主張は客観的なデータに基づいて検証する必要があります。先日、ある会社の従業員が加工業者に対して「昔の人は道具まで自分で作ってすごいですよね」と話しかけたところ、加工業者は特に反応を示さなかったという出来事がありました。このような「昔の人はすごい」という発言の背後には、「今の人は怠けている」という暗黙の批判が潜んでいることも少なくありません。しかし、実際のデータを見ると、1人当たりの労働生産性は1970年代から1990年頃まで著しく向上し、その後も緩やかな成長を続けています。さらに注目すべきは、時間当たりの生産性が継続的に上昇している点です。これは、労働時間が減少しているにもかかわらず、生産性を維持・向上させていることを示しています。つまり、現代の労働者は効率的な働き方を実現していると言えます。このような事実は、感覚的な「昔の人はすごかった」という評価とは異なる実態を示しています。確かに、昔の職人は多くの技能を身につけていたかもしれませんが、経済的な観点から見ると、現代の労働者の方がより高い生産性を実現しています。今日では、スマートフォンを通じて膨大な情報やデータに即座にアクセスできる環境が整っています。このような技術を活用し、感覚や印象に頼るのではなく、客観的なデータに基づいて物事を評価する習慣を身につけることが、より深い洞察と正確な判断につながるでしょう。
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復活せり。そこにアイデアがあるならば。

私事で完全にダウンしていました。ほぼ復活できそうですが、まだダルいので少しずつということで。気づけば一週間という感じで浦島太郎状態なわけです(適切な表現かは不明)(笑)主観世界での一週間は完全に消えた、またはほとんど手元になかったといっていいのですが、一方で客観(そんなものはないんですが)世界は確かにあったと。それは別に逆を考えればいいと。つまり、僕が健康であった時に不調だった人は目の前にいないはずで(笑)そういう世界を想像すればいい。普通ですよね。一週間という世界の中でも、そもそも存在するしないが、病気であれば病気フラグが立てば健康フラグが降り、同時にそれが人によって存在する。そう考えると同じ社会というものが存在するのかなとはたと疑問に思うわけですね。自分が社会だと思っているものは実はそのゴクゴク一部ですらしかなく、手触り感があるものもまさにさらに一部かもしれないと。と管を巻いていてもというところで、少しずつやっていきたいと思います。今回は軽めで。
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己を知って働きやすさを手に入れる

こんにちは、ユウ_Yuです。 最近、こころの声に耳を傾けていますか? 新年度を迎え、新しい会社や部署で1ヶ月が経って、疲れが出てきていませんか? 緊張状態や頑張り過ぎることが常態化してくると、だんだん自分の感覚が鈍ってくることがあります。 気が付いたら、気持ちに余裕がなくなっていて、身体的・精神的に限界に達していることも少なくはありません。 それを未然に防ぐためには、自分のことを客観的に見るクセをつけておく必要があります。 今回は、自分の状態を客観的に把握する方法についてシェアしたいと思います⭐日々の生活や仕事に役立てていただければ幸いです😌環境が新しく変わった方やもしかしたら五月病かもという方はぜひ最後までお付き合いください♪自分を客観的に数字で分析する 自分では気が付いていなくても、客観的に数字で変化を分析できることがあります。 それは体重や睡眠時間です。 最近の食生活はどうでしょうか。 ストレスで食べ過ぎてしまい、体重が急増することはよくあります。 逆に食欲が減退してしまい、朝食を抜かしたり、昼食もパンやおにぎりだけになっていたりすると、体重が減っていきます。 また、睡眠は十分にとれていますか? なかなか寝付けなかったり、早朝に目が覚めてしまったりすると、睡眠時間がだんだんと短くなっていきます。 逆に、疲れて朝起きられなくなってしまうことで、遅刻することが増える方もいます。 意識して数字の変化を把握しておくことで、体調を大きく崩す前に、注意サインを察知することができます。 好きなことを楽しめていますか? もちろん人によって現れ方や度合いは異なりますが、ストレスが溜まってく
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主観と客観に「胡蝶の夢」が役立つ理由

「胡蝶の夢」とは、中国の道教の思想家である荘子が語った有名な寓話です。この話は、荘子が一度夢の中で胡蝶になった体験をし、目覚めた後に自分が今は人間であるのか、それとも夢の中で胡蝶になったのかを区別できなくなったというものです。この話は、「荘子・齊物論」に収められています。 この寓話は、主観と客観、現実と夢、そして自己のアイデンティティに関する哲学的問題を提起しています。荘子が胡蝶となった夢を見た後、彼は「私が夢で胡蝶になったのか、今胡蝶が夢で荘子になっているのか」と疑問を呈します。この話は、現実の認識とは何か、そして人間が自分自身や世界をどのように知覚するかについての深い疑問を投げかけます。 胡蝶の夢は、以下のような複数の哲学的なテーマを含んでいます: 現実と幻想の境界: この寓話は、私たちが経験する現実と夢や幻想の境界がどこにあるのか、あるいはそもそもそのような境界が存在するのかという問いを提起します。 自我の本質: 自我とは何か、そして自己認識の本質に関する問いです。私たちは自分が誰であるかをどのように知ることができるのでしょうか。 知覚の主観性: 知覚の主観性についての問題を提起し、私たちが経験する世界がどの程度客観的なのか、またどの程度が主観的解釈に依存しているのかについて考察します。 変容と恒常性: 夢の中での変容(人から胡蝶への変化)と、現実世界における恒常性(荘子としての自我)の間の緊張関係を示唆します。 「胡蝶の夢」は、単なる物語以上のものであり、人間の認識、自我、そして現実の性質に関する深い洞察を提供しています。このため、哲学や心理学、文学など様々な分野で広く
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