起業あるあるみたいなものかもしれませんが、起業したい!と口に出しても、心身が拒否してできないということはあるわけです。実際に無理して強制的にやる意義はないので、その自由意志がある=それが本意かは不明ですが、そういう無理することは全くオススメしません。
ですが、そういう余地があるところ、心理を付いて悪徳(まさに悪い徳ですね)な人、団体がいて、心理操作に長けると、これが最も問題となると。
話を戻すと、起業における行動をすればいいみたいな話が、どうやら多くの起業入門本には必ずあって(最近も立ち読みして見かけましたが)、それは全然ありだなと。ですが、それだけでもないので、例えばもっとシンプルに考えられないか?
アイデアを出そうとしてもインプットできない?
アイデアを出すとか考えるとかも全く同じです。
ここで、アイデアは、インプットから生まれるんだ、そこから考えて生まれるんだ、ということをくどく書いているのですが、仮に読者(あなた)がアイデアを臨んでいてかつ何かしたいと思っていても「セルフ」でまさに自身でやれることって結構限られるんですね。
だから私のサービスを活用してくださいは一つですが(笑)それはどちらでもよくて、その「自分で出来ることは限られる」という解釈が大事ということです。なので、その余地というか解釈があるので、自分で少しでもいいのでやってみるとか、やった上で何か試してみるとか。そういう取り組みが非常に大事で、というかその取組しか大事でしかないというか。
そんなことをアイデアを出すでも一緒だなと感じたわけです。
楽しさ要素ゼロなら流石にきついので、変換するコツを身につける
なんだかんだいって、考えることとか、思考するとか、世の中がなんでこうなっているの!?とか。そういうことが得意かはおいておいて、考えるやや前のめり、消極的でもいいから「やれる」という感覚といえばいいのでしょうか。ものすごく合理的でなく、非合理で、主観的で身体的な話ですね。
コツは合理的にいえば、その学びや事象を楽しむことです。ブログ記事を読んで「なんとなく」読むのもありですが、「何か面白いものないかな」とか、「なんでこの人はいつもアイデアに熱いんだ!」(笑)なんて感じられるか。そういうのが大事ということです。
そこで楽しさが見つかれば補充できます。よく僕があるのは色々調べていると、主張がさり気なくあったり、字数は少ないけどおそらくそこが大事でいいたいのだろうということが分かることがあります。最も確認はできませんのであくまで主観です。
世の中には色々な考えがあるので、仕事とかビジネスとかは人が嫌がることをやれと。そういう哲学は否定しません。ですが、少なくとも人が嫌がる、かつ自分がそこまで嫌でないでないと、しんどいですから。しんどいけど続く、つまりストレスが適度にあっても、健康で維持できるならありです。そこを見極めつつ、まさに身体に自分に聴くイメージですが、できるかどうかだけかもしれません。
本気度だけでは微妙だけど、やはり最後は精神論になりがち
アドバイスとして最後に「頑張ればできますよ」ということはほぼいわなくて、というか意味がないので、それができないから聴いているのだという、堂々巡りになることがあるわけですよね。
その時、合理的にしか言えることはなくなるはずで(主観が駄目ではないですが、最後は精神の話になるということです)、そうなると、本気度って馬鹿にしているわけでなく、めちゃくちゃ大事です。ですが、精神論はそこまでーとかいっていると、大事ではないと思われても癪だなと(笑)
なので、精神論も合理も大事で、精神論だけではまあ無理ですよねと。どっちも大事なので、どっちも大事にしようと。
という意味では、マルチポテンシャライト的な人とか、色々ブリコラージュでできる人はできるが上に専門性がないと嘆きやすいのですが、身体性とか、精神とか合理的とか色々出来るのでいいんじゃないか。
これも考えた方ですよね。
というわけで、願ったり思っているけどできない。そういうときは僕からは、環境を変えるくらいしかないかなと。少しやると手応えがあるような環境を作るとか、行動をほんの1mmだけして変えていくって感じです。これが先のコツといえばコツなんですが、ここをやって劇的に変化とかはまずないので、世界がそういきなり変わるのはある程度学んだならありえますが、多くは守破離で守が足りない時にあるんじゃないかと。
今日はこんなところで。