ども~、皆さん元気い~~!
「さぁ、もっと幸せに!」が、このブログのテーマです。
いよいよ中欧も3ヶ国目、ハンガリーです。美しい国でした。予想をはるかに超えていました。
特にブダペストは「ドナウの真珠」と呼ばれていますが、確かに輝いていました。
ウィーン中央駅からオーストリア連邦鉄道OBB(エーベーベー)に乗っていつの間にか国境を越えてハンガリーのブダペスト東駅へ。
いよいよブダペスト東駅が見えてきた
列車は古いけれどかわいらしい
初代ハンガリー王国国王“イシュトバーン”が、戴冠した1000年から、オーストリア=ハンガリー二重帝国(1867〜1918)に至るまで、ハンガリーはヨーロッパ史の重要な位置を占めてきました。
しかし1919年、ソ連の後押しで、世界第2番目の「共産主義国家」(当時、ハンガリー人民共和国)として成立しました。
その後、約70年間、1989年の”ソ連崩壊”まで、ソ連の強い影響下に置かれてしまいます。
1944年、ソ連がよくやる手ですが、第二次世界大戦のどさくさに紛れて、ハンガリーはソ連の占領されてしまいます。
その後、実際は共産党の支持者はかなり少ないのに、選挙でソ連が”ハンガリー共産党”が優位になるように裏で画策します。
そして事実上、共産党政権で独裁の「ハンガリー第二共和国」が成立してしまいます。
ちょうどソ連は、独裁者“スターリン”の時代です。
1953年、”スターリン”が死にます。「スターリン主義」の終わりが見えてきます。
しかし、民主化を求めて立ち上がった民衆による1956年の「ハンガリー動乱」はソ連の軍事介入により圧殺されてしまいます。
市場経済を一部導入するなど、「自由」を求める活動は続きますが、その都度、ソ連の大きな圧力を受けて後退します。
ようやく1989年、ソ連崩壊とともに“一党の国家政党の時代を終わらせ”、本格的な“民主化”が始まったのです。
つらく暗い約70年間でしたが、その間も「自由」を求める灯火は消えることはなかった。
自由橋の近くのホテルへ
Google評価の高いBistroへ 荷物預けてまずは腹ごしらえ
ハンガリーは、元々西ローマ帝国に統治を認められた「フン族」に起源をもち、9世紀に”マジャール人”が移動してきました。ドイツなどとの何度かの戦いを経て、現在のハンガリーに住み着いたらしい。
抑圧されながらもソ連の衛星国の東欧ではなく、ヨーロッパの一員であるという誇りを失いたくありませんでした。
ヨーロッパ社会への復帰を目指して、やっと1999年NATOに加盟し、2004年EUにも加盟、そして2007年にはシェンゲン協定を導入しました。
その結果、現在のように国境をパスポートなしでなんなく越えられる「自由」な国に大きく変わりました。
ソ連崩壊から、わずか35年しか経っていない元社会主義国がどんな国に変わっているのか、この目で見てみたいと思いました。
野菜中心の”Bistroプレート” 美味そう、美味かった
王宮からのセーチェニ鎖橋
老も若きもドレス着て踊ってる
チェコ、オーストリア、ハンガリーの順に実際に自分の目で見てきましたが、元共産圏、元社会主義国というイメージは全くありませんでした。
昼間の国会議事堂 昨年の世界陸上で何度も見ました
漁夫の砦からのドナウ
1000年から始まったハンガリー王国の誇りを完全に取り戻し、今は自由で美しく華やかな街になりました。
国立オペラ座 初めてのバレエ観劇 バレエ開演前 それほど高価な席ではないけれど良く見えた
休憩時間はワインやビールを楽しむ
全員でエンディング こんなに出演してたんだ
夜の自由橋 元々は“ヨーゼフ橋”と名付けられていた。ハンガリーではエリザベート人気は凄いのだが、ヨーゼフは人気がないから。
だんだん「ドナウの真珠」ブダペストの旅も中盤に入りました。
翌朝は一番風呂へ。ハンガリーは日本同様、温泉で有名なのです。
朝からトラムで1駅。ゲッレールト温泉へ
ゲッレールト温泉(入口はこの裏手) オスマン帝国統治時代の1912〜18年建造
屋内
屋外
若い女性も朝からリラックス
中欧旅行もカウントダウンに入りました。
電車でブダペストから約50分。ドナウ川沿いの南欧風の町”センテンドレ”へ。
“センテンドレ”は、元々はセルビア人が多く住んでいましたが、18世紀にオスマン帝国の支配から解放されるとセルビア人の他、クロアチア、スロヴァキア、ドイツ、ギリシャから人が入ってきて人の交流が生まれ、全く雰囲気の異なる町になりました。
日本で言えば、距離的には”JR琵琶湖線”で、京都から近江八幡へ行くぐらいの感覚です。
民族の違いを越えて、みんな「ドナウ」に集まってくるのですね。
ブダペストから電車で“センテンドレ”へ
ハンガリーの郷土料理“グヤーシュ”
センテンドレのドナウ 天気、最高!気持ちいい!
そして中欧旅行、とうとう最後の夜を迎えました。
最後の晩餐は“ランゴス”で失敗。こんなに食えねー!
夜10時過ぎ。たくさんの韓国人カップルのドレス姿の女性が“ドナウの真珠”をバックに、さらに自分を輝かせようと男性に何度もシャッターを切らせている。
どこでも韓国は元気だ!(新婚ツアーだと思うが…)
ドナウの真珠はこれだ!夜の国会議事堂
いよいよ次のブログで、中欧旅行は最後になります。ここまで見て頂いた方々、あと少しだけお付き合いくださいね。
これからも「四柱推命」を活用しながら、「幸せへのアドバイス」で皆さんのお役に立ちたいと思っています。
次回以降も、キンおじさんのブログ、よろしくね~~。