「エリザベートの結婚は正しかったのか?」

「エリザベートの結婚は正しかったのか?」

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ども~、皆さん元気い~~!

「さぁ、もっと幸せに!」が、このブログのテーマです。

イギリス国王チャールズ3世の前妻“ダイアナ元妃”のことを知っている人は多いでしょう。現在のウィリアム皇太子とヘンリー王子のお母さんですね。

ダイアナは、チャールズ皇太子(当時)と19歳で婚約、20歳で結婚後、王室の暮らしが合わない、チャールズ皇太子の不貞問題(現在の王妃カミラとの)などがあり、35歳で離婚、その翌年交通事故で死去してしまいました。享年36歳。

ダイアナは、王室に嫁がされ、悲しい結末を迎えてしまいました。

ダイアナ結婚のニュースは、僕の就職2年目のこと。日本中が美しいダイアナ妃の結婚を祝福していたことをよく覚えています。

ダイアナ妃にとっては、二人の王子を残したことが大いに救いになっていたと思います。

さて、オーストリア・ハプスブルク家にも似たような話しがあります。

ご存知の方も多いと思いますが、オーストリア帝国皇后“エリザベート”(愛称:シシィ)です。

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シシィ博物館のエリザベート(愛称:シシィ)

18歳という若さでオーストリア帝国皇帝となっていた“フランツ・ヨーゼフ”がお見合いをします(ヨーゼフ23歳)。

実は、その時のお見合いの相手は、“エリザベート”ではなく、その姉でした。

しかし、ヨーゼフはお見合い相手の隣りに座っていた妹の“エリザベート”に一目惚れしてしまいます。「妹と結婚したい!」と言い出しました。

まだエリザベート15歳の時です。

ヨーゼフの母親はもちろん、王室一族は皆、大反対しますが、それを押し切って婚約、そして半年後には結婚しました(ヨーゼフ24歳、エリザベート16歳)。大恋愛結婚です!

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若い頃の美しいエリザベート

エリザベートは、婚約から結婚までの半年間は、ヨーゼフと二人で幸せな時を過ごしました。

しかし結婚直後から、ハプスブルク王家の古く厳しい慣習に自由を奪われ、たちまち窮屈になってきます。

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ホーフブルク宮殿 ダイニングルーム

エリザベートは4人の子供をもうけます。3人目にやっと男の子”ルドルフ”が生まれましたが、慣習によりヨーゼフの母ゾフィーが子供たちを育てます。エリザベートから子供たちを引き離すことになり、嫁と姑の確執は深まります。

エリザベートにひとつ目の不幸が押し寄せます。長女がわずか2歳で亡くなりました。

その後は引きこもってしまう時期もありましたが、宮廷や義母から逃げるように一人旅をするようになります。

ヨーロッパ中を愛馬と共に旅したそうですが、自らの自由を得るために、皇帝ヨーゼフの不倫相手をあてがったこともあったようです。

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エリザベートの凄い腰のくびれ

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エリザベートの浴室 宮廷内では美容だけが生きがいだった

そしてさらに大きな不幸が訪れます。エリザベート51歳の時、大切な長男”皇太子ルドルフ”が、心中自殺を図って死んでしまいます。

その事件以降、エリザベートは無力感と惨めさに苛まれます。“喪に服す”と言う意味で、黒の衣装しか身に付けなくなりました。

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黒のエリザベート 長男の死後は黒衣装しか身に付けなかった

そして最期を迎えます。エリザベート60歳の時、暗殺されてしまいます。

イタリア王の暗殺に失敗したイタリア無政府主義者が、「有名な人なら誰でも良い」というただそれだけの理由でエリザベートを標的にしたのです。

これが、オーストリア帝国 美貌の皇后“エリザベート”の一生です。

ダイアナ元妃の事故死も世界中が悲しみましたが、皇后エリザベートの死はもっと驚きと悲しみに満ちていたでしょう。

エリザベートの死から18年後(1916年)、第一次世界大戦の最中、皇帝ヨーゼフも86歳で亡くなりました。皇帝在位68年という長きに渡った波瀾万丈の人生の幕を閉じました。

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皇帝ヨーゼフの書斎の机の上にエリザベートの絵がいつも置いてあった

世界中から愛された美貌の皇后エリザベートに対し、オーストリア帝国のために頑張った皇帝ヨーゼフは不人気だったようです。

まわりの反対を押し切ってまでしたこの二人の結婚は正しかったのでしょうか?

本当に結婚は人生を大きく変えてしまいますね。

あゝ怖い怖い!


これからも「四柱推命」を活用しながら、「幸せへのアドバイス」で皆さんのお役に立ちたいと思っています。

次回以降も、キンおじさんのブログ、よろしくね~~。

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