ども~、皆さん元気い~~!
「さぁ、もっと幸せに!」が、このブログのテーマです。
急に朝晩、冷えるようになってきました。やっと本格的な秋の到来です。
もう10月半ばですからね。
「○○作りました!」シリーズ第6弾です。
収穫されたばかりの“さつまいも”を、段ボール箱にどっさりいただきました。
なので昨日、『大学芋』を作ってみました。
みなさんご存知ですかさつまいもは、収穫してから2〜3ヶ月後に食べるのが最も甘くて美味しいのだそうです。
貯蔵している間に、徐々に水分が抜けて甘さが増すそうです。
いただいた時にそう言われましたが、ボクは知らなかったですね。
戦争を知っている年輩の方々は、良く知っていることなのです。
つまり、“さつまいも”は米ほどではないにしても、貯蔵が効きます。
戦争中よりも戦後の方が、食糧難が深刻だったらしいですが、国民を餓死から救ってくれたのが“さつまいも”です。
子供の頃に、ヤミ市のヤミ米の話しを聞いた覚えがあります。
戦争中、戦後、お米は農家であっても配給米として供出しなければならず、なかなか手元に残らなかったそうです。
そこで戦争で働き盛りの男手を取られた年寄りや女、子供でもつくれる“さつまいも”を作ったようです。
土地が肥えていなくてもよく育ったし、戦後の焼け跡でも“さつまいも”を作ったようですね。それでも栄養豊富。
戦争を経験した人たちは、“さつまいも”に凄い感謝の気持ちがあるのです。
せっかくなので、“さつまいも”の起源を調べてみました。
“さつまいも”の原産地は、紀元前1万年から同8,000年のメキシコ南部からペルーにかけてだそうです。へぇーですよね。
それを新大陸発見(1492年)のコロンブスが、スペイン、ポルトガルに持ち帰ってから世界に広まったらしいです。
日本へは、中国福建省から沖縄を経由して、鹿児島(薩摩)に伝わったので、“さつまいも”と呼ぶようになりました。
話しが変わりますが、『欲しがりません。勝つまでは』というフレーズを聞いたことがあるでしょう。
これは戦時中の有名な標語ですが、「大東亜戦争1周年記念」(1942年) で、戦意高揚のために募集された「国民決意の標語」だったそうです。
この時期、日本国民は負けることなど全く考えていなかったでしょう。
しかし、昭和20年(1945)8月15日に終戦を迎えます。
日本国民の大きな「目標」は失われてしまいました。あの戦争は大きな過ちでした。
戦争で負けようが「目標」がなくなろうが、人間は食っていかなければ弱ってしまいます。そして最後には餓死してしまいます。
今でも、世界中で飢えに苦しんでいる人がいます。
そう考えると、今の日本があるのは“さつまいも”のおかげかもしれません。
段ボール箱には、まだまだたくさん“さつまいも”があります。
昨日作った「大学芋」も甘くて美味しかったですよ!
これからまだまだ甘くなるらしい。
次に「大学芋」を作るときは、少し砂糖を減らした方が良いかな?
これからも「四柱推命」を活用しながら、「幸せへのアドバイス」で皆さんのお役に立ちたいと思っています。
次回以降も、キンおじさんのブログ、よろしくね~~。