How was your weekend? について思ったこと
以下自分の考えです。
【自分の考え:週末?なんもしてねぇよ!】
英会話のよくあるフレーズで
How was your weekend?と言うものがありますね。
これ、英語力以前の前に、誰かに週末のことを聞かれて答えられるのかと言うことなんです。多分自分は答えられない。いや、答えるの恥ずかしい。なんであなたに伝えないといけないの。土曜まで仕事で悲しいですよ。日曜は疲れて何もできず1日寝てダラダラしていました。はい、全然リア充ではないです。ん?あなたは人生を楽しんでいる?ディズニーランドに行った?彼女と旅行に行った?へぇ、よかったですね!!! とか卑屈になります。
【文化や習慣の違い】
そもそも日本語でも「週末どうだった?」と聞く文化や習慣があまりないと思うのです。なので、英語で聞かれたときにちょっとびっくりしてしまうのです。英会話の授業でこのフレーズを取り上げるとなったときにちょっと考えました。英語圏では、この質問をしあってお互いの週末の情報などを簡単にシェアしますよ、と。けどそれってまるで「ネイティブのようにならなきゃダメ」と言う考えを押し付けることにならないか?と思うのです。
【無理して相手に合わせなくたっていいはず】
なので、「週末に何をしたか聞かれることがあっても、無理に話さなくても良いし、相手が自分から話したら、いいねぐらい言ってあげて、引き上げる」のも一つの手だと思うのです。
自分も万が一、話したいことがあれば話せば良いし、無理に話さなくても良いと。ただ、そうした「週末何やったかを共有すること」が当たり前と思う人もいるし、そうした人はあなたを困らせようと質問している訳ではない、と言うことなんだと思います。
【英語学習の難しさ:寛容さを忘れてしまう】
どうしても英語を学んでいると これが◯で、これが×で、のように、白か黒かで判断してしまいそうになりますが、現実は、無数のメッセージの伝え方、伝わり方、受け取り方があると思うのです。
外国人の友人がつたない日本語を話していたとして、それを馬鹿にするでしょうか?多分しないと思います。相手が一生懸命何かを伝えようとしているので、頑張って聞き取ろうとする。
【英語で話すときのメンタル的な壁:ここは教室じゃねぇYO!】
英語も同じで、なんだか自分が不完全で相手(ネイティブスピーカーなどの英語話者)が「完全体:お手本:正解」で、不自然な力関係が既に出来上がっていて、なんだか「話したい・伝えたい」気持ちよりも「どうしよう・間違ったらどうしよう・恥をかいたらどうしよう・怒られたらどうしよう」という心配恐怖する気持ちが勝ってしまう。小学校や中学校で「先生の話を(無条件に)聞きなさい」「校則を(意味もなく)守りなさい」などで飼い慣らされてきたからでしょうか?思考停止を促されてきたからでしょうか?
【日本語会話のルールが突然剥ぎ取られるような感覚】
英語の会話のステージに立つと、それまで守られてきた日本人として集団のルールややり方みたいなものが一切剥ぎ取られて、突然に「個の自分」「丸裸の自分」を持ち出すことになります。薄ら笑いも付和雷同も同調圧力も忖度も通用せず、相手は「あなたの考え」を急激に距離近めで迫ってきます。さぁどうする。
【コミュニケーションの熱量や圧力の調整】
だけどそこでも、「ちょっと待って」と言っていいんです。「お前のぐいぐいくるスタイルにはついていけないから、ちょっと待ちなさい」「俺のペースでゆっくり返すから待て」このぐらい言ってもOKであるべきだし、それでどっか行ってしまう相手なら、去るものを追わず、でよい。僕はキリスト教に激しく入らないかと迫られた時、ちょっと待てと言えずに泣いてしまいました。情けない。返し方を知らないというか。その次から、圧迫しないでほしい、自分のペースでやらせてほしい、と伝え理解してもらいました。
【相手にも敬意を】
だけど、向こうも決して泣かせたいわけじゃない。彼なりに真摯に言葉を伝えようとしている、そこは敬意というか認めるべきところなんだろうと。ただお互いに、適切なやり方がわかっていない場合が多々あるので、こまめに言葉に出して伝えたほうが良いなと。
【英会話をしてリアルに感じる不快感:意見を出すことに少しずつ慣らしていくYO!】
実際に英語で外国人とやりとりをしていると、
「かなり押し付けがましいな」
「あまり同意してもらえないな」
「全然こっちの話聞いてもらえないな」
「散々自分の話だけしてどっか行っちゃった」
と言うことを感じることがありました。
これは一見否定的に見えますが、実際には
「純粋にお前と仲良くなりたいから、話を聞いてほしいし、お前の意見も聞かせてほしい」と言うようなことだと思うのです。
実際には英語力と度胸の問題で自分が適切に返せなくなっている場合が多いと思います。
そのトピックに対して知識不足なのか?
そもそも相手に自分の考えを堂々とぶつけることに心理的抵抗があるの(自信がない)ではないか?など
究極的には英語力がなくても、自分の考えや信念に自信があれば堂々と相手にぶつける、発言することができると思うのです、、が、、
実際には、そもそも日本語でも相手に意見をぶつけたことがない・いつも先生や上司の言いなりになっている・相手の顔色をうかがってしまう・友達との会話でも自分を主張することが苦手で思っていなくても同意したふりをしてしまう・などの特徴があれば、英語で急にそれをやれと言われてもむずかしい。
なので自分の場合は英語力よりむしろ、精神的に自分の殻を破って「英語を話す」壁を突破する必要がありました。今でも、当然、この壁や恥ずかしさは残っていますが、10年前に比べると、だいぶ楽になったと思いますし、無理して話さなくてもいいか、と思えるようになりました。
【英会話の中での苦労と成長の瞬間】
以下は今思い出せる自分にとって英語に関する決定的瞬間のうちのいくつかです。
語学学校で日本人同士で顔を見合わせて「どうしよう・うまく発言できない」みたいな空気になり、あまり発言できず、クラス内のドイツ人学生や他のヨーロッパ系の学生(イタリア人)などに発言を持っていかれ、まるで自分の存在感がなくなってしまったこと
ホームステイで徹底的にキリスト教について否定されて、豚肉についても否定されて、「そこまで言うんかい」と怒り、悔しさ、情けなさで泣けてしまったこと→人生で初めて「人とは分かり合えない」と思ってしまいました
大学院の授業内のディスカッションでろくに発言できず、悲しい悔しい情けない思いをしたこと。一生懸命何を話すか事前に準備して、自分の体験と紐つけて発言できて、周りも耳を傾けたこと。→英語が話せないのではなく、準備不足であった。また肝心の伝えたい内容が無かった(あるんだけど、パッと求められて即反応できる状態では無かった)
今までのDJ人生(5年ほど)の中で、知らない外国人から、選曲について褒められたり、お酒を奢ってもらったこと。それに対し、感謝の気持ちを英語で述べることができて、音楽の話を短い時間でもできたこと、気持ちが通じ合ったな、と確かな感触を得たこと
とにかく、踊る・楽しむ・ノる(jammin)・喜びを爆発させる・など、日本語環境では見つけられなかった興奮を海外の音楽(ヒップホップ・レゲエ・アマピアノ・アフロビーツ・ハウスなど)と楽しむ人々との交流によって体感したこと
【結論:英会話いつマスター?→一生かけて苦しみ泣き笑い楽しみながらやっていくしかない】
なので結論として英語力は当然大事なんだが、それだけではなく、精神的な部分(自信・準備・寛容性)も大事なんだろうと思います。
お読みいただきありがとうございます。
#英会話 #メンタル #英語力 #音楽