こんにちは皆様。
世間では、おふくろの味とか、母の味若しくは父の味、とかがもてはやされている。
私は、現在ではそれを作る方で、「やっぱりお母さんの料理は美味しいわ。」と娘にほめたたえられる。
『ちやうで、あんたらのが美味しいわ。』心の底で呟くながら、満更でも無い顔をしてみる。
私は実家に居る時は、嫌いなものが多くて、食べたくないのに食べなさい、と脅しを掛けられて、両親の味は余り良い思い出が無い。(実家は父も母も同じくらい料理を作っていた)
今は大概のものは好きで、食べる事が出来る、自分で作るようになってからである。
「祖母ちゃんのご飯がまずかったんやに。」末娘が言ってくる。
「祖母ちゃんのご飯美味しいと思ったことないもん。」次女は恨みがあるのか、ディスり倒している。
私は母の味はあんまり覚えてない、実家を出てからの方が要る時より長くなったからか、それとも思い出したくない為かは、さておき思い出せない。
ただ一つ覚えている味がある、卵焼きだ。
美味しかったのでは無い、違う意味で覚えているのだ。
中学生の頃、悩んで、家に帰るのが嫌になって、塾の帰りに山へ帰らなかった日があった。
悩み深い時代である。
結局は見つかって、家に帰った。
その時に用意されていた夕食に、卵焼きがあった。
不味かった。
塩辛かったのだ。
私の涙だったのかもしれないが、塩辛かったのをよく覚えている。
味って不思議なもので、楽しい思い出の中の食べ物は美味しく、嫌な時は不味いものなのかもしれない。
私は、ご飯は美味しく食べたい。
子供はどう思って居るかは、分からないけど。
味じゃ無く、楽しさが、母、父の味かも知れない。
思い出が味を作るのか?
味が思い出を作るのか?
両方なのか?
作っても、作らなくても、楽しい食卓が両親の味だろうな。
買ってきたものを食べさせるとか、自分で作るとかは、どうでもいい事なんだな。
今の私はそう思っている。
料理じゃ無く、食卓を作りましょ。
そう思いませんか?
いつもありがとうございます。