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【心と体は別なのね】

 人は、危機に直面したり、痛みや葛藤を  感じると、自分を守るための防衛反応が  働く。これを「防衛機制」というのだが、  13の「防衛機制」の中から第3回目の  今日は、「隔離」を取り上げて話したい。 ────────────────────  「隔離」とは、「受け入れがたい認知の  知覚部分と感情部分を切り離して、体験  にまつわる感情を麻痺させる無意識的な  心の働き」で、「動物愛好家が肉料理を  食べる」などが非常に分かりやすい例だ。  もしかすると中にはそうでない人もいる  かも知れないが、動物愛護団体の人々や  動物園の飼育員さんも肉をお召し上がり  になるだろうし、鶏肉を食べない「日本  野鳥の会」の会員がおられるだろうか?  殊に、昔は、一般の家庭でも鶏を育てて、  時には、絞め殺して捌いて食べることも  あったのだから、たった今まで自分達と  同じ家族の一員だったと思えば、生きて  いくためにはやむを得ないこととはいえ、  悲しみの中で食卓を囲みもしたのだろう。  生きるためには心と体を別にしなければ  ならない。鳥や獣を殺しては可哀そうだ  という気持ちだけでは生きられないのが  人間社会の厳しさというものなのだろう。 ────────────────────  つくづく人間というものは矛盾だらけだ。  生きとし生けるものの中で、心のままに  振る舞えないのは人間だけ。だからこそ、  悩み、苦しみ、悪くすると、心の健康を  損なうことになる。そこで、疲れた心を  癒し、自分らしく生きていくための一助  として、心理関係の業務に携わる人々に  「心癒し人」、「
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料理じゃ無く、食卓ってこと

こんにちは皆様。世間では、おふくろの味とか、母の味若しくは父の味、とかがもてはやされている。私は、現在ではそれを作る方で、「やっぱりお母さんの料理は美味しいわ。」と娘にほめたたえられる。『ちやうで、あんたらのが美味しいわ。』心の底で呟くながら、満更でも無い顔をしてみる。私は実家に居る時は、嫌いなものが多くて、食べたくないのに食べなさい、と脅しを掛けられて、両親の味は余り良い思い出が無い。(実家は父も母も同じくらい料理を作っていた)今は大概のものは好きで、食べる事が出来る、自分で作るようになってからである。「祖母ちゃんのご飯がまずかったんやに。」末娘が言ってくる。「祖母ちゃんのご飯美味しいと思ったことないもん。」次女は恨みがあるのか、ディスり倒している。私は母の味はあんまり覚えてない、実家を出てからの方が要る時より長くなったからか、それとも思い出したくない為かは、さておき思い出せない。ただ一つ覚えている味がある、卵焼きだ。美味しかったのでは無い、違う意味で覚えているのだ。中学生の頃、悩んで、家に帰るのが嫌になって、塾の帰りに山へ帰らなかった日があった。悩み深い時代である。結局は見つかって、家に帰った。その時に用意されていた夕食に、卵焼きがあった。不味かった。塩辛かったのだ。私の涙だったのかもしれないが、塩辛かったのをよく覚えている。味って不思議なもので、楽しい思い出の中の食べ物は美味しく、嫌な時は不味いものなのかもしれない。私は、ご飯は美味しく食べたい。子供はどう思って居るかは、分からないけど。味じゃ無く、楽しさが、母、父の味かも知れない。思い出が味を作るのか?味が思い出を作るの
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yasashisa curry

口を出すと煙たがれるそれだったら貝になろうじっと見ていると自分の気持ちが削がれるから相手のことが、より鮮明なビジュアルになる濃い味が好きな母が薄い味が好きな父に作ったカレー今日はいろんなもの沢山いれたのよだからものすごくおいしいのふーん、という私。お互い年を取ったということもあるのだろうけれどこの頃3人での食卓はことばが少なくなったいただきますと、いの一番でひとくち口に運ぶ周りを見渡しても2人とも何も言わないなので私も黙って食べ続けた。食事も中盤に入ったころ、口を開いたのは母だった。今日はたくさんいろんなもの入れたから野菜のエキスでスープが薄まっちゃったの少し間を置いて、そうなんだ今日はいつもよりお味が薄いと思った。でも健康にいいねと私。いつもならお湯を足すのに今日はそのまま食べている父。何も言わず黙々と食べてる。それだけの会話。でも、いつもよりどこか角のとれた食事だった。
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♥シーサーのつぶやき❇

食卓を囲んで家族と温かな楽しい時間を過ごしましょう✨✨✨
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