【使い捨てマスクの再利用】Ⅳ. 消毒する場合

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コラム

1. はじめに

 布製のマスクの場合、洗うだけでは付着しているものをすべては除去できないおそれがあるので、コロナウイルスのように洗剤などで不活化するもの以外の菌やウイルスが残っていることを考え、消毒をするべきです。
 これに対して不織布製の使い捨てマスクを洗って再利用する場合は、付着物が簡単に除去されるので基本的に特別な消毒は不要でしょう。反対に、正しい方法で消毒するなら、洗剤などで洗うかわりに消毒だけで充分と言えますが、消毒液には注意しなければならないことが多くあります。
 消毒液の使用にはリスクもあるので、使い捨てマスクは消毒せずに洗って再利用することを推奨します。しかしながら消毒液についてのご質問もいただいておりますので、ここで少し触れておきたいと思います。

2. エタノール

 コロナウイルスはエンベロープ型ウイルスの一種で、表面がエンベロープと呼ばれる脂質の層で覆われているので、これを破壊することで不活化しますが、そのためには洗剤などと同様にエタノールも有効です。
 エンベロープを持たないノンエンベロープ型ウイルスの場合には洗剤もエタノールもあまり有効ではありません。
 エタノールはエチルアルコールとも呼ばれているもので、薬局で「消毒用エタノール」として販売されているものであれば間違いありません。しかしアルコールランプなどの燃料として売られているアルコールは、元々は酒税を回避する目的で飲用できなくするため、また、火力の調整のために、他の種類のアルコールを混合してあり、その多くは劇物のメタノールであるので、燃料用アルコールをエタノールのように扱うのは危険です。 
 このメタノールはメチルアルコールとも呼ばれ、エタノールに名前が似ていますが、飲んだ場合は失明や死に至ることもあります。また、皮膚に付着してもあまり刺激を感じませんが、体内に吸収されて重大な健康被害を起こす可能性があります。
 特にスプレーで使用すると、吸い込む可能性が高いので非常に危険です。
 メタノールにも強力な消毒の作用がありますが、このように有害なアルコールですので、主成分がエタノールでメタノールの含有量が少ないものがあったとしても、消毒の目的では絶対に使用しないでください。
 また、薬局では消毒用エタノールの近くに燃料用アルコールが置かれていることがあり、消毒用と間違えて燃料用のアルコールを購入したという事例も報道されています。 
 ネット販売では、メタノール入りの燃料用アルコールが「除菌剤」のカテゴリーで出品されていたり、カスタマーレビューの中ではそのボトルにスプレーヘッドを装着したことが写真入りで紹介されていたりしますが、これらは極めて危険なことです。
 消毒用エタノールは水で希釈されていますが、SARS-CoV-2に有効なエタノールの濃度は70~85%とも50~95 %とも言われています。上限があるのは、濃度が高すぎるよりは水が少しある方が蒸発のスピードが抑えられ、消毒の時間が長くなるからです。
 なお、冒頭で述べた通り、エタノールが有効なのはコロナウイルスなどエンベロープを持つウイルスですので、「ウイルスを99%以上除去」などの謳い文句があったとしても、それはすべての種類のウイルスにあてはまるものではありません。

3. 次亜塩素酸水

 エタノールが一部のウイルスにしか有効でないのに対し、この次亜塩素酸水と次の項で説明する次亜塩素酸ナトリウム水、その次の過酸化水素水は多くの菌やウイルスに対して有効です。これは、これらの消毒剤が生物などの有機物に対して強い酸化作用を持つからです。酸化とは、簡単に言えば、生物なら酸素と反応して分解することで老化する現象のことで、これらの消毒剤はその現象を急速に進行させる作用を持っています。
 次亜塩素酸水は、食品工場や医療施設などでの消毒に広く使われているもので、歯科では口の中の消毒にも使われるので、「プール臭」のような匂いに印象のある方もいると思います。
 次の項で触れる塩素系漂白剤を水で薄めたいわゆる次亜塩素酸ナトリウム水と異なり、消毒に使用したあとで拭き取らなくても残留しないので安全で合理的です。
 乾けばなくなるほどですから、次亜塩素酸水は不安定であるという欠点があります。製造後、およそ1か月で濃度が半分になると言われています。そこで、食塩水から次亜塩素酸水を作る装置が市販されており、家庭用の機種もあります。
 次亜塩素酸水は、消毒用エタノールと同様にスプレーで使用することもできます。しかし、加湿器に入れて使うことは、継続して吸い込むことにつながるので避けるべきです。
 次亜塩素酸水は工業的には、食塩水または塩酸から製造しますので、「水と塩だけから作るので安心・安全」などと言われることがあります。実際、次亜塩素酸水は比較的に安全ですが、一般論としてはこのようなことを安全の根拠にすることはできません。たとえば、同じく水と塩から化学兵器としても使われる塩素ガスを作ることもできるのです。
 また、次亜塩素酸ナトリウム水から次亜塩素酸水を合成する方法もありますが、失敗すると塩素ガスが発生することもあるのでおすすめしません。
 そのほか、水に溶かすと次亜塩素酸水になると称してジクロロイソシアヌル酸ナトリウムの粉末が市販されています。これは、確かに次亜塩素酸水ができるもので、消毒剤としての効果がありますが、常温で固体の副生成物も溶解しているので、使用後には拭き取る必要があると思われます。一方、「電解式次亜塩素酸水」として販売されているものは、この副生成物を含有しないものですので、拭き取りの必要もなく、安心して使用できます。
 次亜塩素酸水は、「電解水」と呼ばれることがあります。しかし電解水には「酸性電解水」と「アルカリ電解水」があり、これらは食塩水を電気分解すると同時に得られるものです。強力な消毒ができる次亜塩素酸水は、これらのうち「酸性電解水」の方で、一方、「アルカリ電解水」は洗浄剤として使われるものです。洗浄剤として販売されている「電解水」は「アルカリ電解水」ですので、次亜塩素酸水ではありません。
 このように、純粋な次亜塩素酸水は消毒に有用ですが、水溶液として販売されているもの以外には難点があります。また、恐ろしいことに次亜塩素酸ナトリウム水が次亜塩素酸水と称して販売されていることもあると聞きます。これは次の項で紹介するもので消毒の効果はありますが、本物の次亜塩素酸水とは扱い方が違うので注意が必要です。

4. 次亜塩素酸ナトリウム

 これまで見てきたように、化学物質には名称が似ていても性質が大きく異なるものが多くあります。
 ここで紹介する次亜塩素酸ナトリウムは「次亜塩素酸Na」、「次亜塩素酸ソーダ」と表記されることもありますが、同じものを指しています。また「次亜塩素酸塩」、「次亜塩素酸塩類」と書かれている場合もありますが、次亜塩素酸ナトリウムは次亜塩素酸塩の一種なので、その場合は次亜塩素酸ナトリウムである可能性があります。しかし次亜塩素酸塩は次亜塩素酸とは異なりますので、したがって次亜塩素酸ナトリウムは次亜塩素酸ではありません。
 実際には、前述のとおり次亜塩素酸ナトリウムの水溶液が次亜塩素酸水として販売されていることがあるので、次亜塩素酸水を購入する際には成分を確認し、「次亜塩素酸Na」や「次亜塩素酸ソーダ」となっている場合には、ここで紹介する次亜塩素酸ナトリウムとして使用することになります。成分が明記されていないとしても、液性が「アルカリ性」であれば次亜塩素酸水であるはずはなく、次亜塩素酸ナトリウムの可能性があります。もっとも、化学のルールを無視した羊頭狗肉商法の製品は信用できないと言うこともできます。
 広く流通し入手が簡単な家庭用の塩素系漂白剤は有効成分が次亜塩素酸ナトリウムの水溶液であることが多く、これを水に希釈して消毒に使えますので、消毒用エタノールが入手困難な場合などにも手軽に利用できます。次亜塩素酸水ほど強力ではありませんが、多くの菌やウイルスに対して消毒の作用があります。
 次亜塩素酸ナトリウムは酸と混合すると有害な塩素ガスが発生し危険なので、家庭用の塩素系漂白剤の場合には「まぜるな危険」と表示されています。どのくらい危険かと言うと、塩素ガスは前項で触れた通り化学兵器としても使われるもので、実際、死亡事故も起きています。
 家庭用の塩素系漂白剤を消毒用に使用する場合は0.05~0.1%の濃度にします。漂白剤の成分を調べて水で希釈してください。たとえば、漂白剤の次亜塩素酸ナトリウムの濃度が6%の製品なら、その製品4.2 mL(PETボトルのキャップの1杯弱程度)を500 mLの水に溶かすと約0.05%の次亜塩素酸ナトリウム水となります。
 ここで、重要な注意事項があります。次亜塩素酸ナトリウムは酸と混合しなくても徐々に分解するので、家庭用の塩素系漂白剤の場合は酸性に傾かないようにするため、通常、強アルカリの水酸化ナトリウムが添加されています。水酸化ナトリウムは人の皮膚を溶かすので、取り扱いに注意を要します。
 そのため、使用時は皮膚に触れないように、ゴム手袋を着用してください。換気に努め、マスクを消毒する場合は消毒液に浸漬した後、水洗いにより充分に除去してください。そのままにすると不揮発性の水酸化ナトリウムが濃縮されます。ほとんどの金属を腐食しますので、ドアノブなどを消毒する場合は、清浄な布などにしみ込ませて拭き、使用した所は必ず水拭きでよく拭き取ってください。
 塩素系漂白剤を希釈した消毒液は、エタノールや次亜塩素酸水と違い、当然、皮膚の消毒には使えません。また、吸い込むと危険で、低濃度でも目に入ると失明の恐れがあります。したがってスプレーは絶対に使用しないでください。加湿器に入れて使用することも極めて危険です。
 もし「次亜塩素酸水」と称して次亜塩素酸ナトリウムの水溶液が販売されていて、それが塩素系漂白剤を希釈したものであったら、それを次亜塩素酸水だと思ってスプレーで使用すると非常に危険です。あるブログでは塩素系漂白剤を希釈したものをスプレーで使用することを紹介していますが、これも同様に大変危険です。
 なお、カビ取り用として次亜塩素酸ナトリウムの水溶液がスプレーボトルに入っている製品がありますが、これは霧状にして空中に飛ばすものではなく泡状にして壁などに保持させるスプレーです。
 塩素系漂白剤を希釈して消毒液を作ることは簡単で、また、よく知られている方法です。そのため、個人がネット上のフリーマーケットなどで誤って「次亜塩素酸水」として販売することが危惧されます。その場合、前述のとおり「アルカリ性」と書かれていたら、それは次亜塩素酸水ではありません。希釈前の漂白剤の容器の表示を書き写したものである可能性があります。
 ある医療機関は、塩素系漂白剤を希釈する「次亜塩素酸消毒薬」の作り方をホームページで紹介していますが、これは次亜塩素酸水ではありません。
 また、ネット上には「次亜塩素酸ナトリウム」を「次亜塩素酸」と略すのは間違いではないという記述が見受けられますが、これは間違いです。
 一方、塩素系漂白剤ではない、すなわち水酸化ナトリウムが添加されていない次亜塩素酸ナトリウムについてですが、これも次亜塩素酸水ほど安全なものではありません。水酸化ナトリウムに匹敵するほどの腐食性を持つので、塩素系漂白剤と同様の注意が必要です。吸入したり皮膚に付着したりすることは健康被害の原因となり、目に入ると失明する可能性もあります。また金属などに付着した場合は腐食しないように拭き取る必要があります。
 ところで、次亜塩素酸ナトリウムは次亜塩素酸水と並んで食品添加物として認証登録されています。しかし注意が必要なのは、食品添加物であることが口に入れて問題ないという理由にはならないということです。次亜塩素酸ナトリウムは食品加工の工程で殺菌料として使用されますが、それは製品が完成するまでに分解するという前提があるからであり、消費者に届く段階では食品が次亜塩素酸ナトリウムを含有している訳ではないのです。
 以上のとおり、次亜塩素酸ナトリウムは消毒液の中でも取り扱いに細心の注意が必要なものでありますが、手軽に入手できることから、消毒用エタノールが入手できない場合などには注意して使用することができます。

5. 過酸化水素水

 過酸化水素水は酸素系漂白剤のひとつとしても使用されますが、濃度が3%ほどのものがオキシドールという名称で皮膚の消毒に使われています。
 ネット情報には、酸素系漂白剤は塩素系ではないから消毒の効果がないとするものがありますが、これは誤りで、どちらも強い酸化作用を持つものです。市販の過酸化水素系漂白剤もオキシドールと同じか少し高い濃度の水溶液なので、オキシドールと同等の消毒ができます。
 過酸化水素は消毒の後は分解されて水と酸素になりますので、拭き取りなどの必要がありません。ただし、酸素系漂白剤として市販されている過酸化水素水の場合は、オキシドールとは違い洗剤なども配合されていますので、消毒後にはそれらを除去する必要があります。そのため、消毒液として過酸化水素水を使用するなら、薬局でオキシドールを購入するのが最善といえます。

6. マスクの消毒方法

 ここまでは消毒液について注意事項を交えながら説明してきました。ここでは、それらを使ってマスクを消毒する場合について解説します。
 まず、「はじめに」で述べたとおり、不織布製の使い捨てマスクの場合は適切に洗えば消毒の必要はないと考えられます。しかし、念を入れるために消毒もするというのも無駄ではないでしょう。布製のマスクの場合もコロナウイルスに対しては洗うだけでもよいのですが、それだけでは不活化しない菌やウイルスのことを考えると、消毒はするべきです。消毒の方法としては熱を使うものもありますが、今回は消毒液を使うものについて説明します。
 手軽な方法として、スプレーで消毒液を噴霧するということを思いつくと思います。これは、布製のマスクの場合は有効ですが、マスクに厚みがあるので、奥の方まで行き渡る量の消毒液をしみ込ませる必要があります。
 これに対して、不織布製の使い捨てマスクにスプレーで噴霧するのはあまりよくありません。不織布に使われている繊維は水をはじく性質がありますので、よほど多くの消毒液をしみ込ませないと繊維全体が濡れることにならないからです。
 そのため、布製、不織布製とも、消毒液を確実にしみ込ませるためにはスプレーではなく浸漬する方が間違いありません。この場合は、スプレーでは使用できない次亜塩素酸ナトリウムも使うことができますが、消毒の後でよく水洗いすることが必要です。

7. おわりに

 今回は内容が少し複雑でしたので、最後に健康被害を避けるための要点を列記します。

少々皮膚に触れても問題なく、消毒後の除去が不要なもの
・消毒用エタノール
・次亜塩素酸水(ただし、次亜塩素酸水と称する次亜塩素酸ナトリウム水に注意)
・オキシドール

消毒に使えるが、扱いに細心の注意が必要で消毒後の除去が必要なもの
・次亜塩素酸ナトリウム

危険なので消毒に使用してはいけないもの
・メタノール
・燃料用アルコール

 以上、消毒液について解説してきました。消毒液を安全に使用するには正しい知識が必要ですが、布製のマスクを消毒して使うよりも、不織布製の使い捨てマスクを洗剤などで洗って再利用する方が簡単で安全だと言えるでしょう。

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