それは物への執着ではなく
「わたしは大切にされていない」と感じた痛みだった
小学校1〜2年生のころのことです。
遠方に住む一つ年下の女の子のいとこ一家(父方)が、
我が家に遊びに来てくれました。
同居している祖母(父方)が
「(私といとこ)ふたりにかばんを買ってあげる」と言ってくれて、
家族みんなでかばん屋さんに出かけた日のことを、
今でも鮮明に覚えています。
そのお店で、私はあるピンクのショルダーバッグに心を奪われました。
合成皮革ですが、やわらかくて、
うすい桜色のような優しい色。
ふたには小さなリボンがひとつついていて、
同じ素材でレースのような縁取りがされていました。
色も形も、リボンの位置も、
すべてが私の「好き」にぴったりで、まさに一目惚れでした。
どうやら、いとこも同じバッグを気に入ったようで、
おそろいにしようとしたのですが、
お店にはそのバッグがひとつしかありませんでした。
その場には祖母だけでなく、
私の母、いとこの両親もいて、みんなでどうするかを話し合っていました。
私はどうしてもそのバッグがほしくて、
「これがいい」と言って譲りませんでした。
いとこも同じように欲しがっていて、
周囲の空気はどこか焦りとざわつきに包まれていたように思います。
・・・結局、そのバッグはいとこが買ってもらうことになりました。
そのとき私に言われたのは、
「いとこちゃんは遠くに住んでいて、なかなか来られないから」
「あなたの方がお姉さんなんだから」
「今度ちがうものを買ってあげるから」
という言葉でした。
私はその場で無理やり納得させられたような気持ちになり、
悔しさと悲しさでいっぱいでした。
おばさんが母に「本当にいいの?」とこっそり尋ねていて、
母が「いいんです。今度会う(母方の)いとこたちとおそろいで与えますから」
と答えていたのを、私は聞いてしまいました。
「何がいいの?何もよくない!!」と、
心の中で叫びたかったのを覚えています。
私はあのピンクのかばんが、どうしてもほしかったのです。
普段忙しい両親の邪魔をしないように
息を殺して暮らしていました。
勉強も手伝いも自分なりに頑張り、
話したいことや言いたいことやりたいことを
常に我慢していました。
それなのに、「ここでも我慢なの?」
と、何かが私の中で爆発していました。
あれから40年近く経った今でも、
あの場面を思い出すと、心の中が赤く染まるような
悔しさと悲しさそして激しい怒りがこみ上げてきます。
その感情があまりにも強くて、
私はこの記憶を長い間、心の奥に封印していたように思います。
「たいしたことない」
「私が我慢して場が丸く収まった」
と、自分に言い聞かせてきました。
あの後、母は約束通り、
母方のいとこたちとおそろいのかばんを買ってくれました。
それはそれでかわいくて、
いとこたちも喜んで、一緒に持ち歩いて遊んだことも楽しかったです。
でも、私が本当にほしかった、
ピンクのかばんとはまったく違うデザインでした。
そのかばんの経緯をいとこたちに話すこともなく、
満足していないことも誰にも言えませんでした。
あのとき我慢させられたことは、
「あなたよりいとこの方が大事」と言われたような気がしたのです。
祖母も母も、私よりいとこを優先するのだと
腑に落としてしまったのです。
そこで幼い私は学んでしまいました。
「私には価値がないんだ」
大人になってからは、物に執着することが少なくなりました。
ほしいと思ったものも、何年も覚えていることはほとんどありません。
でも、あのピンクのかばんだけは、何十年経っても忘れることができません。
それは、物そのものへの執着ではなく、
母と祖母という、私にとって最も身近で大切な存在に、
「あなたは後回ししていい存在」
と言われたような感覚が、
あまりにも悔しくて悲しかったからだと思います。
このブログを書くにあたって、
何度かこの時の記憶を文章にしようと試みました。
けれど、感情があまりにも大きくて、
なかなか言葉にすることができませんでした。
それでも、何度もあの場面を思い出しながら
「悔しかった」
「悲しかった」
「怒っていた」
と、 その時の気持ちを文字にして、
自分の心を見つめ続けているうちに、
少しずつ、私の中の感情が変化していくのを感じました。
パンパンに膨らんでいた風船のガスが抜けていくように、
張りつめていた思いが、しわしわとやわらかくなっていく、
力が抜けていく感覚を、はっきりと自覚しました。
ああ、私はあの時、我慢していたのだ。
そしてその後もずっと、
あの記憶を思い出すことで 激情の波にのまれてしまうのが怖くて、
自分がどんな気持ちだったのかを見つめることを避けていたのだ。
そんなことに、ようやく気づくことができました。
これは、感情を解放していく過程のひとつです。
まず、自分があの時どう感じていたのか。
その気持ちに気づくことから癒しは始まっていきます。