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好きな漢字

私は、夫と初めて目を合わせた瞬間、「あ、家族だ!!」と思いました。よく初対面で「この人と結婚する」と解ったとは聞いたことありますが、私はなぜか”家族”と思いました♪それはさておき、夫の苗字に、私が元々から好きな漢字が入ってるのですが(もちろん結婚したから私の苗字にも)今朝起き抜けに 急に思い立って、その漢字一文字は、どういう意味なのか調べてみたんです、、すると、びっくり仰天!!←久しぶりに使ったセリフ 笑私が大好きな自然の情景を難しい表現で示していました。私のスマホには、色んな場所のその情景の画像がたくさんあるくらい好きなんです!!25年も気づかなかったなんて、、、、、夫は天に旅立ちましたが、、私は好きな情景を看板に、日々楽しく幸せをかみしめながら生きていきます。愛を込めて、、
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サトウキビ VS ススキ⁉️(佐藤 VS 鈴木)

おはこんばんちは。 この度は閲覧、誠にありがとうございます。 人間は何でも比較したい生き物です。なので、色々なモノに『ランキング』をつけたりします。それは、時として、有用な指標になったりもするのですが…。先日、たまたま『名字(苗字)ランキング』を見かけました。そんなわけで、久々にチェックした次第です。個人的には、上位はあまり変動がないと思い込んでいました。しかし、劇的な変化があったわけです。それは、不動の1位だと思っていた『鈴木姓』がいつの間にか2位に陥落していたことです。堂々の1位は『佐藤姓』でした。思い込みとは怖いモノで、随分前から『佐藤姓』が1位だったようです。最後に見たランキング順位が『1位/鈴木、2位/佐藤』だったので、そういうモノだと思っていました。(お察しの通り、かなり前のデータです…)自分の周りも、『鈴木姓』が多かったのも要因としてあるかとは思いますが…。『佐藤姓』は全国的に幅広く分布しているようですが、『鈴木姓』は東日本に多く、西日本に少い。そういう傾向があるようです。『鈴木一族』がもしも王座奪還をするのなら、中国・四国・九州などの西の地域に進出し、その地で子孫を増やす。これが最善かと思うのですが…。(多分、余計なお世話)とはいえ、『鈴木さん』にも希望があります。現段階では、人間の個体数では上回れませんが、生物的な個体数では、圧倒的優位な立場です。なにせ、サカナの『スズキ』がいるのですから…。【追記】両者を植物に置き換えると、『サトウキビ』VS『ススキ』。両者とも、『イネ科』の植物となります。現段階では、『サトウキビ』に軍配といったトコロですが…。こうしてみる
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ご先祖さまの探し方 姓氏・家系・苗字の調べ方 姓氏家系辞書・辞典の一覧

 <辞典類 姓氏・苗字>■ 『姓氏家系辞書』 太田亮 磯部甲陽堂1920■ 『姓氏家系大辞典』3巻 太田亮 角川書店1963 ■ 『新編姓氏家系辞書』 太田亮・丹羽基二 秋田書店1979■ 『山口県姓氏家系大辞典』 角川書店1991■ 『富山県姓氏家系大辞典』 角川書店1992■ 『姓氏苗字事典』 丸山浩一 金園社1992■ 『沖縄県姓氏家系大辞典』 角川書店1992■ 『宮城県姓氏家系大辞典』 角川書店1994■ 『鹿児島県姓氏家系大辞典』 角川書店1994■ 『群馬県姓氏家系大辞典』 角川書店1995■ 『静岡県姓氏家系大辞典』 角川書店1995■ 『全国名字辞典』 森岡浩 東京堂出版1997■ 『新編日本姓氏辞典』 千葉琢穂編 展望社1997■ 『日本の姓氏 大総鑑』 日正出版1997■ 『神奈川県姓氏家系大辞典』 角川書店1998■ 『日本名字家系大事典』 森岡浩 東京堂出版2002■ 『姓氏家系大事典』 丹羽基二 新人物往来社2002■ 『日本家系系図大事典』 奥富敬之 東京堂出版2008■ 『全国名字大辞典』 森岡浩 東京堂出版2011■ 『苗字辞典』 新藤正則 湘南社2011<辞典類 家紋>■ 『家紋大図鑑』 丹羽基二 秋田書店1971■ 『上州の苗字と家紋』 萩原進編 上毛新聞社1979■ 『日本家紋総覧』 能坂利雄 新人物往来社1990■ 『姓氏・地名・家紋総合辞典』 丹羽基二 新人物往来社1990■ 『家紋でたどるあなたの家系』 千鹿野茂 八木書店1995■ 『続家紋でたどるあなたの家系』 千鹿野茂 八木書店1998■ 『日本家紋総鑑』 千鹿野茂 角川書店1
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名字調べ、ルーツ調べの依頼が多いのはどんな時?

 もうずいぶんと長い間、みなさんの「ルーツ調べ」「氏族調べ」のサービスを提供していますが、「依頼したくなる理由」「依頼してみよう!と思う時」には、いくつかの傾向があります。 もし、みなさんの中で「一度調べてみようかな」と思っておられる方があれば、参考になさってください。■ こどもが生まれた時 お子さんが生まれたタイミングで、「自分の家や一族は、どういう流れや歴史があるのかな」と思うのは自然なことと思います。 若いご夫婦などが「それぞれの実家の苗字やルーツについて調べてください」という依頼をお寄せになることが多いです。 最終的にはお子さんが大きくなった時の宝物、という感じになるようです。「家宝として大事にします!」と言う声をいただくことが多く、励みになっています。■ 結婚する時 ・・・女性のほうが多い 女性が結婚したタイミングで、「自分の実家について調べてほしい」という依頼をいただくこともよくあります。 女性にとっては、自分の苗字が変わるという大きな出来事でもあるので、自分のルーツを再確認したい、という気持ちが強くなるのかもしれません。 その場合は、完成した資料などをご両親に渡したい、とおっしゃられることが多いように感じます。 逆に、男性が結婚した時に依頼を受けたことはゼロです(笑)男性の場合は、やはりお子さんが生まれたタイミングが多いと思います。■ 定年退職とともに 仕事を引退して、ある程度自由になったので、自分のルーツについて調べてみたい!と思われる方もおられます。 その場合は、当方に任せきりではなくて、実地調査などをご本人さんがなされながら、二人三脚で調査を進めて行く形が多
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ルーツや先祖はどこまで辿ることができますか?

 先祖調べや、ルーツ探しを希望なさる人にとっては「どこまで辿ることができるのか」ということは、興味深い質問だと思います。 これは、その家によってまったく違うので、「調べてみないとわからない」という身もフタもない答えになってしまうのですが(苦笑) けれど、どんな風に過去へ調べが進んでゆくのか、そのあたりをお話しましょう。<第一段階 明治から江戸末期まで> みなさんが一般的に「うちの先祖」とか「家系図が」といったイメージをお持ちになるのは、この段階です。 実は戸籍をたどれば明治29年前後に存命だった人の先祖は誰でも辿ることができるので、自分で戸籍をとって家系図を作る人もたくさんおられます。 行政書士資格を持っている人は「他人の戸籍を代理でとる」ことができるので、「家系図つくります」という業者さんは、その資格を利用して家系図にまとめて仕上げるサービスをしておられます。 ですが、自分でもできるので、ご予算に応じてお好きなやり方で取り組んでみてください。 とまあ、ここまでは一般的な話で、誰でもできるので当方では「家系図の作成」はやっていません。 それよりももっと専門的なことに取り組んでいる、と考えていただければと思います。(全体的な氏族の歴史に着目して、進めます) わずかながら「明治の段階で発生した苗字・名字」があるので、その場合はそこでストップです。確率的には数%しかありません。9割方はもっと先へ行けます。<第二段階 信長の時代くらい> 確率でいえば7割〜8割くらいの「田舎の農家です〜」というおうちに多いのがこのパターンです。いまの田舎の地域に先祖がやってきたのが「戦国時代」というおう
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佐藤(さとう)の名字ルーツ|「かな」で眺めてみたら

もし、私たちの名字が漢字ではなく仮名で書かれていたら、どのように見えるでしょうか。もちろん、普通の仮名ではなく、今回は「くずし字風」で書いてみました。試してみたのは、名字ランキング1位の佐藤(さとう)さんです。「さとう」を仮名のくずし字で表すと?佐藤(さとう)という読みは、字母(※平仮名や片仮名のもとになった漢字)をたどると、次のようになります。さ … 佐・左と … 登・止う … 宇これらをもとに、草書風に表現すると、こんな雰囲気になります。実際の戸籍では、名字は漢字・楷書で記載されることがほとんどなので、このような形で書かれることは、まずありません。それでも、音をたどって文字を眺めてみると、いつも見慣れた名字が、少し違って見えてくる気がしませんか。自分の名字をこんなふうに眺めてみるだけでも見え方や距離感が、ほんの少し変わることがあります。それが、小さな「ルーツの旅」の入り口になれば嬉しいです。ほんの一瞬、立ち止まるような感覚で。 自分のルーツに、そっと触れてみる 家系図というと、 「きちんと完成させるもの」 「立派な形に残すもの」 そんなイメージを持つ方も多いかもしれません。 けれど実際には、 もっと小さなところから始めることもできます。 たとえば—— 自分の名字の音を眺めてみる。 昔の文字のかたちに、少しだけ目を留めてみる。 それだけでも、 これまで当たり前だったものが、 少し違って見えてくることがあります。 私は、そうした 「ちょっと気になる」という感覚を大切にしながら、 体験型の家系図づくりをお手伝いしています。 ルーツの旅とは? もし、自分のルーツがなぜか気になる。
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【ルーツの旅クイズ】「小林」さんのルーツはどこ?

日本で9番目に多い名字―― 「小林」さん。素朴で親しみやすい名字ですが、その由来を探ると“里山の物語”が隠されています。「小林」さんの由来「小林」はその名の通り「小さな林」から生まれた名字。地形に由来する姓のひとつで、人と自然が共に生きた「里山の象徴」ともいえます。ちなみに…「林」= 人の手が入った整備された土地「森」= 自然のままに茂る場所つまり「小林」とは、自然と人の暮らしが寄り添った“里山”の名残なんですね。さて、ここでルーツの旅クイズ!Q. 小林さんが都道府県別で最も多いのはどこ?A. 兵庫県B. 熊本県C. 長野県ヒントはこちら👇この県には善光寺がることでも有名ですよ。さあ、もうお分かりですよね。▼▼▼▼▼▼✅ 正解は… C. 長野県!小林さんは特に長野県北部に多く、群馬県や山梨県でも上位に入っています。その広がりは、長野を中心に関東全域へとつながっていったと考えられているんです。なかでも知られているのが、 地名にもなっていた 「伊那郡小林村」(現在の飯田市の一部)。 このあたりには、 諏訪氏にゆかりのある一族が住み、 地名をもとに「小林」と 名乗るようになった… という伝承もあるのだとか。そして、長野といえば外せないのが、そう、善光寺です。信仰の中心地として全国から人々が集まり、「小林」という名字とも深く結びついていきました。歴史に残る「小林」さん長野県出身の有名人といえば、江戸時代の俳人 小林一茶。「やせ蛙 まけるな一茶 これにあり」で知られる一茶は、信濃の里山で生まれ育ちました。彼が詠んだ句には、自然と人が共に生きる風景がそのまま映し出されています。おわりに「小
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【ルーツの旅クイズ】「中村」さんのルーツはどこ?

日本で8番目に多い名字「中村」さん。「中村」という名字は、“村の中心”や“元の村(本村)”を意味します。昔、とある“中村”に住んでいた一族が、その地名を名字にしたのが始まりと言われます。全国に「中村」という地名は数え切れないほどあり、各地で由来が生まれたため、今も広く分布しています。では、ルーツの旅クイズ!全国で「中村」さんが最も多い都道府県はどこでしょう?A. 東京都B. 鹿児島県C. 大阪府ヒント:この県には、烏島(からすじま)という大正時代の噴火で飲み込まれた島があります。✅ 正解は…▼ ▼ ▼▼▼▼B. 鹿児島県!鹿児島県は「中村」さんが全国で最も多い県。さらに全国29の都道府県でトップ10にランクインしています。古くは桜島のことを“鹿児島”と呼んでいた時代もあり、地名の歴史もとてもユニークです。大正時代の噴火では、沖合にあった「烏島」が溶岩で覆われ消滅。現在はその場所が陸地となり、展望台も整備されています。もう一度訪れたい鹿児島実は幼少期に一度訪れたことがあります。母方の祖父の実家が鹿児島なのですが、 甘いお餅みたいなのをご馳走になった記憶が今でも残っています。甘いものが苦手だったので、 ひとつしか食べませんでしたが、確か、お皿に山盛りに積まれていた気がします。  「あくまき」というみたいです。鹿児島には、火山と共に歩んできた人々の歴史や、地域ごとの食文化も色濃く残っています。ルーツを辿る旅の行き先としても、まさに魅力たっぷりの土地ですね。
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【ルーツの旅クイズ】「伊藤」さんのルーツはどこ?

日本で6番目に多いとされている名字「伊藤」さん。実は、この名字には平安時代までさかのぼる古い歴史と、ある地名が深く関係しているのをご存知ですか? 「藤」という文字からも分かるように藤原氏の子孫になります。そして「伊」といえば...もう、わかったという方もいるかもしれません。 さて、ここでルーツの旅クイズ! 「伊藤」さんの発祥の地はどこでしょう?A.京都府B.三重県C.広島県(答えはもう少し下に…)💡 ヒント・かつて「宇治山田」と呼ばれた町▼▼▼▼▼▼▼✅ 正解は… B.三重県!「伊藤」の「伊」は伊勢国、つまり現在の三重県を指しています。平安時代、伊勢守(いせのかみ)となった藤原氏の子孫がこの地に根付き、「伊藤」と名乗りました。内宮側の「宇治」と外宮側の「山田」が合わさり「宇治山田町」と呼ばれたエリアが、その舞台です。今も残るルーツの足跡・宇治山田駅(国の登録有形文化財)・伊勢神宮の内宮と外宮を結ぶ門前町・川の流れや町割りが、時代と共に形を変えてきた土地家系タイムラインで見る「あなたの名字」もしあなたが「伊藤」さんなら、あなたの名字の物語は、平安時代の伊勢から始まっているかもしれません。
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【ルーツの旅クイズ】「田中」さんのルーツはどこ!?

日本で4番目に多い名字「田中」さん。昔から日本の原風景にある“田んぼ”が名前の由来です。田んぼのような地形は全国にあり、地名由来の名字と違ってどこでも生まれるため、全国に広く分布しています。では、ルーツの旅クイズです!江戸時代に短い期間だけ「田中」という名字の大名がいました。そのルーツとなった地は次のうちどこでしょう?A. 静岡県B. 宮城県C. 滋賀県ヒント:その武将は織田信長、豊臣秀吉、徳川家康に仕え、関ヶ原の戦いでは石田三成を捕らえた功績で有名です。✅ 正解は…▼ ▼ ▼▼ ▼ ▼C. 滋賀県! 🎉田中吉政は近江国田中(現在の滋賀県高島市)をルーツとし、戦国から江戸初期に活躍しました。関ヶ原の戦い後は筑後柳川32万5000石の大名となりましたが、その家はわずか17年で断絶しました。滋賀県には琵琶湖周辺の「内湖」と呼ばれる湖跡地が多くあり、昭和期の干拓事業で水田に生まれ変わった地域もあります。名前の由来である“田んぼ”とも、どこか深いつながりを感じますね。普段は意識しない名字にも、意外な歴史と物語が詰まっています。あなたも自分の名字のルーツを探してみませんか?あなたの名字にも、まだ知らない物語があるかもしれません。
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【ルーツの旅クイズ】「高橋」さんのルーツはここ!?

日本で最も多い地名由来の名字「高橋」さん。令和の時代では「橋」という文字は珍しくないですが、昔は「高い場所にかかる橋」や「大きな橋」はとても目立つ存在でした。橋のつく名字が多いのも、なるほど納得です。では、ルーツの旅クイズです!ある集落では住民全員が「高橋」さんでとても有名で、テレビでも紹介されたことがあります。さて、その集落がある県はどこでしょう?A. 長野県B. 埼玉県C. 秋田県ヒントを少しだけ。この地域には大きく蛇行する「雄物(おもの)川」が流れていて、江戸時代には港町として栄えた場所でもあります。歴史がお好きな方ならピンときましたか?✅ 正解は… ▼▼▼▼▼▼▼C.秋田県! 🎉秋田県湯沢市の旧皆瀬村にある羽場集落では、住民全員が「高橋」さんだそうです。旧皆瀬村全体でも高橋姓の割合は約3割と非常に多く、「高橋さんの村」と言えるでしょう。お互いをどんな風に呼び合っているのか、想像が膨らみますね。高橋姓の由来高橋姓は、第八代孝元天皇の皇子・大彦命の子孫とされる一族がよく知られています。奈良県天理市の「大和国高橋」の地名に由来し、代々朝廷や天皇家の食事を担当していた阿曇氏と関わりのある家系とも伝わります。秋田県の歴史的背景も少しご紹介江戸時代、雄物川の河口にある秋田市の土崎地区は城下町の外港として、また北前船の寄港地として大いに栄えました。その後、大正時代から昭和初期にかけて河川の改修が行われ、洪水被害の軽減と秋田港の発展に大きく寄与しています。このような土地の歴史背景とともに、「高橋」さんのルーツを探ることができます。普段なかなか意識しないけれど、名字には長い歴史とストーリ
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【ルーツの旅クイズ】「鈴木」さんのルーツはどこ?

鈴木さんって、身近な名字だけど…実は“とても深い歴史”があるんです。そしてそのルーツには、“とある神聖な場所”が関係しているのを知っていますか?今日はそんな「鈴木さんのルーツ」をクイズ形式でご紹介します! 鈴木さんは、日本で2番目に多い名字で全国に約180万人もいます。特に関東から東海地方を中心に広く分布しています。 そんな鈴木さんの名字には、こんな由来があるとされています: *神職に関わる家系 *稲の束を意味する「すずき」に由来 *一族が全国に広がった“地縁性” 身近なようで、実はすごく奥深いんですね。 ではここで、ルーツをたどるクイズです!Q.「鈴木」さんの発祥地とされる県はどこ?A. 静岡県 B. 和歌山県 C. 愛知県 ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ✅正解は…B. 和歌山県!鈴木さんと「熊野」の深いつながり 鈴木姓のルーツは、紀伊半島・熊野地方にあります。 ここは、熊野三山(熊野本宮大社・熊野速玉大社・熊野那智大社)がある、古くからの信仰の地。 その神社を守ってきた神職の一族「鈴木氏」が、鈴木という名字の始まりとされています。また、「すずき」は稲藁の束のことを指す言葉で、“自然”や“農耕文化”とのつながりも深いんです。別の表記として「穂積(ほづみ)」が使われることもあり、稲作とともに生きてきた日本人の姿が見えてきます。ルーツを知ると、地名が「自分の物語」に変わる名字のルーツを知ると、いつか地図で見た場所や知らなかった町の名前が、“自分につながる場所”に変わって見えてきます。たとえ和歌山に行ったことがなくても、そこがご先祖ゆかりの土地かもしれません。今こそ、“ルーツの旅”、始めてみ
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珍しい苗字や、希少な苗字ほどルーツがわかる!

 日本には数え切れないくらいの苗字・名字があり、その中でも最多の分布を誇るのが「佐藤」さんだというのは、よく知られています。 佐藤・鈴木・田中・山本 などは、分布上最多ランキングを占める「それを名乗っている人たちが多い苗字」であり、一見すると情報量も多いのだろうなあ、という気がするかもしれません。 ところが実際には、名乗っている人たちが多い苗字にも、系統が細かく分かれていたり、由来や語源が実は違う、なんてこともよくあります。 そうすると、名字辞典などの記述を参考にして「ああ、うちの田中はそういう氏族なんだ」と早合点してしまうと、じつはぜんぜん繋がりのない別の系統の話を読んでいるだけ、ということも起こり得るわけです。 実際にルーツ調べをしていると■ あまり周囲に無いような珍しい苗字■ 現存数が少ない希少な苗字■ 自他ともに認める「変わった、レアな苗字」のほうが、そのルーツや氏族が「はっきりとわかる」「しっかり記録に残っている」ということがよくあります。 名字ランキングなどで、ほとんど「下のほう」の苗字をお持ちであれば、思わぬ来歴が、思わぬところに残っていたりするので、ぜひ一度調べてみてほしいものです。 ご依頼なさる方は「うちの苗字は珍しいので、あまり情報がなくわかりにくいかもしれませんが・・・」と謙遜しながらご依頼をくださりますが、結果的にはそういうお家のほうが、「しっかりとしたご先祖様の来歴」が明らかになったりもするので、歴史的にも興味深いものがあります。 希少な苗字シリーズでは、「なんだか普通に、一般的に使う単語じゃないような気がする」「どうも近くにある地名とかではなさそう」
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江戸時代の飢饉の恐ろしさと、ルーツや先祖

 ルーツ調べをしていると、ほとんどの場合はみなさんの「田舎や実家、本家」と思っていらっしゃるあたりに、何らかの先祖やルーツの痕跡があり、意外に簡単に遡ることができます。 今、都会に住んでいらっしゃる方でも、40代や50代であれば「父の実家」とか「祖父の実家」をある程度把握しておられることが大半なので、まあ、そのあたりをまず調べれば、氏族そのもののルーツを見つけることが容易いと言えるでしょう。 逆に、「おじいちゃんの代から都市部に住んでいます」という方は、いわゆる田舎や本家から脱出している時期が早い(おそらくは江戸時代の間)ため、そこから先をおいかけるのは、多少難しくなる傾向があります。 そのように、すごくベタな言い方ですが「実家や本家」というものと、その地域や氏族のルーツは密接に関わっているもので、「地縁血縁」のような言葉が生まれるのもそのためですね。 ところが、先日ルーツ調べに関わったおうちでは、不思議なことに「先祖の住んでいた土地と、今残っている苗字との繋がりがぷっつりと途切れている」ということが起きていました。 たしかにその苗字とおなじ地名は、少し離れたところにあるのだけれど、その村と今の苗字とは地縁や血縁が繋がっておらず、関連性がよくわからなかったのです。 もっと不思議なことがあって、ある地域に、仮にAという苗字があったとしましょう。その地域は室町時代や戦国時代からちゃんと記録に登場するくらい古い村だということがわかっています。 そこから50キロくらい離れたところにAという同じ言葉の「村名」「字名」「集落名」があるのですが、その村が出来たのは江戸時代前期の新田開発によっ
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名字や氏族はこれから減少してゆく?!

 ものすごく当たり前のことですが、「少子化」が叫ばれて子どもの出生数が減ってゆくと、「名字」「苗字」あるいは「氏族」というものの数は、物理的に減ってゆきます。 考え方としては、子どもがたくさんできると、「その苗字や名字・氏族を継承してゆく人たちが増える」ということなので、名字の数は維持されます。(ここで間違ってはいけないことがひとつあります。明治に苗字を名乗るように法律ができてから、新たに「新しい苗字」ができることはほとんどありません。なので、数はあまり増えません。 たまに新しい苗字が増えるのは「外国人が帰化した場合」などです)  さて、 国土交通省が公開している上の図では、2010年ごろからすでに人口が減少していっており、今は2023年ですから、まさに”名字や氏族が減り始めた”スタート地点にあたります。 なので、名字調べやルーツ調べは、今後「どんどんと辿りにくくなる」「だんだんと消えてゆく」方向にあります。 普通の日本の家庭だと、男子が名字を継承することが多いので、男の子が1人生まれればその名字は残ります。 ところが女の子の場合は、結婚して名字が変わってしまうことが大半と思うので、「名字が今後増えない」ということを前提にすれば、基本的には名字は減少してゆきます。 こどもがどんどん増えて、なおかつ男の子が2人以上ずつ増えるということがない限りは、名字は減少してゆくのが当然ということになるでしょう。 この話は、皇室の皇位継承者がどんどん減ってゆくことにも似ています。天皇になれる継承権は、「男子」にしか与えられていないので、おなじことが起きるんですね。 ほかにも氏族やルーツがたどり
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家紋は氏族やルーツの判定にどう関わるか

 家紋というのは、早くは平安時代ごろから使われた日本独自の紋章・デザインです。 当初から家の識別に用いられたこともあって、氏族や姓、苗字、名字などと密接に関係してきました。 そのため、ネットや市販の「家紋事典」などを見ると「この家紋を使っている家は、この氏族」みたいな書き方がされている場合もあると思います。 たしかに、家紋事典は、それぞれのおうちの実例などを集積したものなので、そうしたデータが「間違い」というわけではな「たしかに、その家紋をその氏族が使っている例があるよ」ということなのですが、みなさんの個人個人のおうちがそれに当てはまるかどうかは実は定かではないので、注意が必要なのです。====== もちろん、ある氏族の本家本流、メインに近い家柄の場合は、歴史的に受け継がれたような、そうした「家紋事典に載っているような家紋」を使うことが多いです。 ところが、みなさんのご実家は、そうした本流から分かれた分家の分家くらいのことが大半なので、たぶん「別の家紋を使うようになっている」ことが生じます。 苗字や名字といったものは、あまり時代が変わっても変化しないのですが、家紋のほうは比較的自由に使うことができたので、分家の中でも違いを識別するために、「異なる紋を用いた」ような事例がたくさん見受けられるのです。 私が実際にルーツ調べを多数行っているなかで、「氏族本来の家紋と、実際の分家が用いている家紋が異なっている例」はたくさんありすぎて、逆に”家紋をたよりに、氏族を識別する方法は、当てにならないのでやめておこう”と思うようになったほどです。 もちろん、これには他の理由があって、そもそも一つ
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苗字のルーツがわかりにくい地方ってあるの?

 これまで、数千件の苗字調べ、ルーツ調べをしてきたのですが、その中で気付いてきたのは「苗字やルーツが調べにくい地方」「氏族の動向がわかりにくい地方」がある!ということです。 もちろん、全国どこであっても、みなさんのご先祖様に対する思いは変わらないので、ルーツを知りたい!という気持ちはどこでも同じなのですが、実際には「ここはちょっと難しいぞ!」というエリアがあるのも事実です。 そこで、今回は、「ルーツがわかりにくい地方」をいくつか紹介してみたいと思います。もし、万一、その地方出身の方がおられたら残念に思うかもしれませんが、それでもあえて調べてみる価値はあるかもしれません。=========◆ 北陸地方 ◆ なんと言っても、ルーツを追いかける上で苦戦するのは「福井県・石川県・富山県・新潟県」です。 これらの地域は「旧・越(こし)地方」「越(こし)の国(くに)」と呼ばれたエリアで、「越前・越中・越後」に相当するのですが、とある理由で江戸時代以前のルーツが、非常にわかりにくいです。 その理由というのは「加賀一向一揆」です! そもそも、地名と苗字はとても強く結びついているのですが、ある氏族が「ここを領地とするぞ!」と主張するために「地名を苗字として名乗る」のが一般的です。 なので、基本的には荒っぽい言い方ですが、「その苗字と同じ武将がそこらへんにいる」というのが普通の地域なのですね。 だから戦国時代などの記録を見て、「その地域に、おなじ苗字の武将が活動していて、なおかつその武将の先祖は鎌倉時代や室町時代の守護地頭などの分れ」なんてことが判明すれば、まあざっくりですが、その人は、その武将ら
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私のルーツ旅・第2話|戸籍は6代先まで遡れた—しかし、肝心なことがわからない

「よし、まずは戸籍を取ってみよう」 そう思い立ったとき、私は迷わず「母方の祖母」 の家系を辿ることにしました。 というのも、30年以上前の祖母の 相続手続きで一度戸籍を 取得したことがあり、 その資料が自宅のどこかに 残っているはずだったのです。 祖母の実家も、私の実家と同じ町内にあり、 現地調査もしやすい。 まったくのゼロから始めるよりは、スタートとして手頃だと感じました。 それに——亡くなってからもう 30年以上経つ祖母のことを、 あらためて思い出してみたい という気持ちも、 心のどこかにありました。 突然亡くなった祖母、いつも忙しそうにしていた あの人は、どんな家に生まれ、 どんな時代を生きてきたのだろう。 その答えに少しでも近づけるなら、きっとこの旅は意味のあるものになる。 そう思えたのです。ルーツの旅は、身近な一歩から始まる通常「家系図」といえば、 父方の直系を辿っていくもの—— そんなイメージを持つ方も 多いかもしれません。 けれど、実際には、母方を辿ってもいいし、 養子縁組が多かった時代には 「血筋」より「家の継承」を 追うのも自然なこと。 「家」よりも「物語」に惹かれるなら、心が動くほうから始める。 それが、「ルーツの旅の正しい歩き方」なのかもしれません。 私は押し入れの奥から、戸籍の束を取り出しました。 相続のために集めた戸籍は、祖母からさらに上の代まで記されており、 それはちょうど“旅の地図” のようにも思えました。 そして不足している部分を補うため、再び役所に請求書を送りました。 自分で書いておきながら、 いざルーツの旅に出ると、 なんだかワクワクしてきま
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私のルーツ旅・第1話|たった一行の戸籍が300年の旅の始まり

「どうして、 戸籍なんて事務的な紙切れから、 旅が始まるんですか?」 そう聞かれたら、 私は少し笑って、 こう答えることに しています。 自分でも、 最初はそう思っていましたよ …と。 自分のルーツを知る旅が、 こんなにも心を動かされるものになるとは—— 正直、思ってもいませんでした。 私は長年、 行政書士として 相続や終活の支援をしてきました。 遺言、成年後見、 エンディングノート。 いわば“人生の終わり方” を扱う仕事です。 そんな日々の中で、 ある疑問が、 ずっと心の奥に残っていました。 本当に、 これで いいのだろうか? 財産の分け方、 手続きの整備。 それも大切な備えです。 でも、もっと根本的な 「問い」があるように 思えたのです。 それは、 「想い」をどう託すか。 相続を“争続”にしないためにも 大切な視点です。 けれど、言うは易し。 その「本当の想い」を 言語化する必要がある訳ですから 実際にはとても難しい。 ある日、 一通の戸籍を見ながら 語ってくれた方がいました。 「父はね、 若いころ村を飛び出して、 東京で働きはじめたんですよ。 でも…… 最後は、 故郷に戻ってきたんです。 この住所、 ああ、ここが…… 父の帰ってきた 場所なんですね。 ……もっと、 父と話しておけば よかったなあ。 父なら、 今の状況をどう思うんだろう 静かなひと言でした。 けれど、その瞬間、 私ははっきりと気づいたのです。 想いを知る手がかりは、 “未来”ではなく、 “過去”にあるのではないかと。 「そもそも、自分は、 どこから来て、 どこへつながっていくのか?」 その問いに向き合えたな
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【ルーツの旅クイズ】「加藤」さんのルーツはどこ?

今日は、日本で10番目に多い名字――そう、「加藤」さんに注目してみましょう!加藤さんの名の由来「加藤」という名字は、どこか親しみやすくも歴史の重みを感じる響きがあります。その起源は平安時代。「加藤」とは 「加賀国にゆかりある藤原氏」 を意味します。藤原北家利仁流の藤原景道が「加賀介(かがのすけ)」に任じられたことから、「加賀の藤原」=「加藤」と名乗ったのが始まりとされています。地名と家系の両方を背負った名字――まさにルーツの旅にぴったりですね。ルーツの旅クイズ!さてここで問題です!Q. 加藤さんが都道府県別で最も多いのはどこ?A. 愛知県B. 岐阜県C. 石川県「加賀の藤原」だから石川?それとも…🤔▼▼▼▼▼▼✅ 正解は… B. 岐阜県!意外でしたか?由来の地は石川県ですが、実際に加藤さんが最も多いのは岐阜県。愛知や三重でも多く見られますが、「県別で1位」となるのは岐阜なんです。これは、藤原景道の子孫・景廉の系統が、美濃国(現在の岐阜県)を拠点に勢力を広げたからだと考えられています。つまり――「加藤」さんは加賀にルーツを持ちながら、岐阜を中心に広がっていった名字なのです。「加藤」姓は、加賀から濃尾へ、そして全国へと広がりました。その背後には、武士の台頭、鉄道の敷設、土地の移動――さまざまな歴史のドラマがあります。そして、もしかしたらあなたの名字にも、まだ知られていない物語が隠れているかもしれません。自分だけのルーツを探す旅に出てみませんか?
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【ルーツの旅クイズ】「渡辺」さんのルーツはどこ?

日本で5番目に多い名字「渡辺」さん。学生時代は、席の後ろにいつも「渡辺」さんがいて仲良くなるのも渡辺さんでした😊 全国的に非常に多く、「高橋」さんに次いで二番目に多い地名由来の名字ですが、そのルーツはなんと「一か所」に特定されている珍しい名字です。 では、ルーツの旅クイズ! 「渡辺」さんの発祥の地は次のうちどこでしょう? A. 兵庫県 B. 大阪府 C. 福岡県 ヒント: この地にはかつて「渡辺津」と呼ばれる大きな港がありました。今は地名としては残っていませんが、地下鉄西梅田駅の近くに「渡辺橋」があり、そのそばには京阪中之島線の「渡辺橋駅」もあります。 ✅ 正解は… ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼B. 大阪府!平安時代、この港を拠点とした一族が「渡辺党」として知られ、やがて全国へ広がりました。 「渡辺」姓の祖は嵯峨源氏の武将、渡辺綱(わたなべのつな)。彼は源頼光に仕え、鬼退治の伝説でも有名です。 大阪市中央区には全国的にも珍しい「渡辺」という番地があり、これは坐摩神社(いかすりじんじゃ)という古社がある場所です。 この神社は全国の渡辺姓の発祥の地として知られ、地域の歴史と名前を守る象徴となっています。 長い歴史を経て今に受け継がれる「渡辺」という名字。あなたの名字の物語も、まだ知らない一面があるかもしれませんね。
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【ルーツの旅クイズ】「佐藤」さんのルーツはどこ?

佐藤さんって、日本で一番多いのに…。実は“ある県”では意外と少ないんです。今日は“佐藤さんのルーツ”をクイズでご紹介します。日本で最も多い名字、それが「佐藤」さん。全国に約200万人、特に東北〜関東の東日本に多く見られます。佐藤さんのルーツにはこんな背景があります。  例えば、・貴族の「 藤原氏」の子孫だったり・ある地名由来(特定の土地に由来)であったり・「佐」の字が朝廷の役職を表していたり...ではここで、ルーツをたどるクイズです!Q. 地名由来の「佐藤さん」ゆかりの県はどこ?A. 栃木県B. 北海道C. 香川県 ↓↓↓ ↓↓↓↓↓✅ 正解は…A. 栃木県!平安時代、藤原秀郷の子孫・公清(きみきよ)が「左衛門尉(さえもんのじょう)」に任命され、「佐藤」と名乗りました。また、下野国(現在の栃木県)佐野に住んだ藤原氏 や、佐渡国(現在の新潟県佐渡)を治めた藤原氏 も「佐藤」を名乗りました。「佐藤姓発祥の地」とされる栃木県では、名字ランキング4位。……ちょっと意外じゃありませんか?ちなみに、明治時代の佐野駅周辺は「安蘇馬車鉄道」が走っていました。地図を見比べると、町の姿が今と全く違っていて、歴史の流れが見えてきますよ。名字のルーツを知ると、見慣れた地名や風景が「自分の物語」として感じられるようになります。今こそ“ルーツの旅”を始めてみませんか?
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ご先祖さまは屯田兵?北海道の苗字の調べ方。

 苗字調べやルーツについての依頼を受けることが多い私ですが、北海道の方は「もともと北海道が新しく開拓された土地」であることもあって、北海道に入植(あるいは来道)以前のご先祖様の居場所を探ることが必要になってきます。 多くの場合は、北海道の方はやはり地理的に近いこともあって「東北地方」からの移住が多いです。経験的には、苗字を調べた方のざっくり8割くらいは東北由来ということになります。 北海道と東北近辺の苗字のつながりはとても強く、東北地方の分布が多い苗字は、多くの場合北海道でも分布が多い傾向にあります。 さて、北海道にお住まいの方で「先祖が屯田兵だと聞いている」方の場合には、自分でもある程度調べることができるサイトがあるのでご紹介しておきましょう。『北海道屯田倶楽部 屯田資料室』で検索してみてください。 ↑このサイトはとても情報量が多く、また屯田兵を研究している方々が執筆なさっているので、信頼性も抜群です。 『屯田兵名簿データベース』もあり、名前で検索することができますので、とても便利です。 私の親類縁者にも北海道在住の方がいるのですが、その方々は残念ながら屯田兵ではないので記載がありませんが、苗字調べの依頼者の方で「先祖を見つけた!」という方がたくさんおられるため、オススメです。
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源平藤橘 ~日本人のルーツはこの四氏って本当?!~

 みなさんこんにちは。苗字研究です。 先日も苗字調べをしている依頼者の方から、「日本人って、先祖はみな源氏か平氏にいきつくって本当ですか?」という質問がありました。これに関して一般的には「源平藤橘」の4つの氏にいきつく、という話もよく聞きます。 実際にルーツ探しをして、これまで1000件近くのおうちのご先祖さまを探してきたわけですが、そこで出た答えは『かならずしも、源氏・平氏・藤原氏・橘氏に行き着くわけではない』ということがまず、ひとつあります。 しかしながら、それは単一の苗字に注目するからそうなるわけで、お父さん、お母さんで2氏、両親それぞれのおじいちゃん、おばあちゃんまでで4氏もしくは3氏、とカウントしてゆくと、私達の先祖は「無限に近いくらいの氏族が関わりあっている」ことがわかります。 その中には、おおむね「源氏か平氏、藤原氏」がどこかで繋がっているくらいのことは言えると思います。(橘氏は、もともと数がごく少ないので、ちょっと除外しておきます) 源氏というのは、天皇の子供、もしくは孫が臣籍降下して、家臣となったために姓を得たものです。平氏は天皇の孫以降の人たちとされています。 藤原氏は、教科書でもおなじみの「中臣鎌足」が大化の改新の功績で「藤原」姓を得たものです。鎌足のこどもの「藤原不比等」という貴族がいますが、彼がのちに結婚した女性が「橘三千代」という女官です。 橘三千代は、もともと県犬養三千代と言いましたが、天皇から直接「橘」の姓を賜りました。ところが、三千代さんには、最初の結婚で生まれた子供たちと、再婚である藤原不比等との間に生まれた子供たちがいることになります。この
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改名しました。

名字をね、つけてみました。どうですか?どうぞご自由にという感じですが。今までね、「むうにい」と名乗っていたのですが、呼ぶのが恥ずかしいというご意見をいただきまして。どうしたらいいものかと考えた結果、名字をつけるというね、決断をいたしました。今までのかた、恥ずかしい呼ばせ方をさせてしまい、大変失礼いたしました。これからは、「西村」と呼んでください。どうりで名前を呼ばれなかったわけだと今さら反省しております。ところで、これ改名的にはどうなのかな?画数とか。運気とか。変わっちゃうんじゃないかしら。「先生っ、細木先生っ、私大丈夫かしら。地獄におちない?おちないならいいんだけど、何?何先生、ズバリ言ってよぉ、もー。」ってことでね、とりあえずこれでやっていきますけん。よろしくお願いします( ´ ▽ ` )
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苗字・名字の歴史から見た「夫婦別姓」

 夫婦別姓を望む人と、これまでどおりの夫婦同姓を望む人との意見が大きく分かれている昨今ですが、歴史の上やルーツ調べの上ではどんなことが言えるのか、紹介してみたいと思います。 いわゆる「苗字・名字」のようなものができたのは、古くは平安時代や鎌倉時代と考えられています。そこから発展して戦国時代には、もっとも苗字が広がり、一般に多くの人が名乗っていたと思われます。 ところが、江戸時代になると、徳川家康は「武士」とそれ以外を分けてコントロールするために「苗字帯刀」を禁じます。つまり、武士という特権階級以外からは、苗字の使用を奪ってしまい、なおかつ武力も奪ってしまって反乱を防いだということになるでしょう。 明治になると、軍人を確保し、明確な人材の名簿を整理するため「誰もが姓名を名乗り、個人を確定する」ことを軍が要求します。そこで明治政府は、「苗字必称令」を出して、誰もが苗字を持つように改革したとされています。 要するに「徴兵」のために個人を特定する必要があったのですね。当時のマイナンバーのような考え方です。 この時、最初は「夫婦別姓」からスタートしました。◆ 明治3年 平民に苗字の使用が許可される。◆ 明治8年 苗字使用が義務化◆ 明治9年 妻の氏は「所生ノ氏」(=実家の氏)を用いることとされる(夫婦別氏制)。◆ 明治31年 夫婦は,家を同じくすることにより,同じ氏を称することとされる(夫婦同氏制)。◆ 昭和22年民法改正 夫婦は,婚姻の際に定めるところに従い,夫又は妻の氏を称することとされる(夫婦同氏制)。という流れです。 苗字は自分の氏族を表すラベルなので、本来は妻であっても氏族の流
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イメージひとつでまったく違う

指吸さんという、名字をお持ちの方がいらっしゃるらしい。元々は300年ほど前の魚問屋さんに由来する、その名字のいわれは「食や飲み水に困ったときでさえ、指を吸ってでも耐え忍び、不義はなさない」ということにあるそうだ。これをある有名なタレントさんが、「不義をなしてはならない」と言い換えていた。前者と後者の違いが分かるだろうか?前者は「不義はなさない」という誓いであり、覚悟であり、引き受ける生き方である。後者の「~してはいけない」というのは倫理であり、道徳であり、半ば押し付けがましい他者への行動規定である。ではまた。
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