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2025年といえば!

昨年は、皆様よりたくさんの交流をしていただき誠にありがとうございましたm(__)m心から感謝をいたします。本年もどうぞよろしくお願いいたします。ぐりじいこです🌸(笑)さて2025年になってから、ずーっと思うことがあり。。。前々からこの年のことは取り上げられていましたが、お分かりの方もたくさんいらっしゃることと思います。私の父親もそうなんですが☆団塊の世代が全て75歳となる年で、昭和22年から24年生まれの人達が約800万人。国民の5人に1人が後期高齢者となる。それが「2025年問題」と言われていました。かなり前から言われており、当時はまだまだ先だし、父親もまだまだ元気だし、そんな時代が来るのかなぁ・・・な~んて思っていました。遂にその年になってしまいました。5人に1人って。。。色々と考えることがあります。介護の担い手も不足し、介護サービスも十分に受けられなくなっていくのが目に見えています。現に介護業界にも影響が出ています。今自分ができることは何だろう。父親にしてあげられることは何だろう。健康で自立した生活を送るには。。。そんなことも頭に入れながら、私は、今年もやりたいこと、挑戦すること、はあります!素晴らしい年にしましょうね(*^^*)🌸本日もご覧いただき誠にありがとうございます^^
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同棲時代パート2

上村一夫の盟友阿久悠は(どちらも亡くなっています)「同棲時代」について、このような文を寄せています。「同棲時代」の頃。     阿久悠70年代の青春はハートが露出していた。風が吹くとヒリヒリと痛み日が照るとやがて火の玉に変わる感じがした。男と女も腫れ物のハートを気遣いながら生きた愛した。しかし気遣っても気遣っても愛は傷つけあいハートは泣きながら血を流した。青春とはそういうものでだからこそ甘く美しく切なかったが愛することはやめられなかった。友人 上村一夫の「同棲時代」はそんな青春を描いた劇画で愛おしさに満ちていた。「愛」というかたち「青春」という言葉があった。
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50年目の俺たちの旅

昭和50年「俺たちの旅」がテレビで放映されました仕事が忙しくて私はテレビどころではなかったのですがこの番組が当時の私たち若者世代に受けて大ヒットしていたのはよく知っておりましたし何より中村雅俊が歌った小椋佳の作詞作曲による主題歌とエンディング曲の斬新さが私の心の琴線に触れたものでしたあれから50年カースケ、グズ六、オメダの3人の若者がどういう人生を経て今はどうなったか。その映画が来年封切られます60年代70年代の安保闘争に挫折した当時の若者たちが地に潜り平和を求め始めたあの頃の明るさ軽さの底辺にあった切なさと物悲しさその彼らが大学を卒業してどのように人生を過ごしどのような老境を迎えたか。同年代の人間として興味は尽きません
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「ポスト冷戦時代のパラダイムが変わった」

 世界的な意味で第二次大戦の戦後が終わったのがベルリンの壁崩壊であれば、あれからほぼ30年、一世代と言われる時間が経過した。文字通り戦後に生まれた団塊の世代が世の中を動かすトップの層に存在してきたのが、このポスト冷戦の30年ではなかったのだろうか。 冷戦の終了つまりポスト冷戦の始まりでは、米国一極支配の構造が共有され、当初は「歴史の終わり」などという今思えば能天気なことを言う学者がいたように世界は冷戦が終わったことを安堵する雰囲気に包まれた。この30年、中東を中心とする地域は不安定さゆえに何回かの戦争が断続的に発生してきたが、核戦争の恐怖までを間近に感じることはなく、先進国は概ね平和を維持してこれたと言える。それゆえ経済は比較的安定し、極端なインフレやデフレに襲われることなく、新興国国家群の勃興もあり世界全体としては順調な経済成長が見られた。団塊の世代は冷戦終結時にミドルとなっていたがその後の30年を平和の中で着実に歩んでこれたことになる。 そうであれば、同世代の人口が突出して多いという団塊という名の通り、その世代が持つ金融資産も突出して多いということにあいなり、その世界の金融に占める割合からして、世界経済を左右することとなり今現在の経済が金融中心、ストック中心の経済になったのも道理である。またそれが平均寿命の大きな伸長とともにあったことによって老後の年金や資産に近来稀な注目が集まるようになった。果ては若い世代にまでその意識が急速に伝染し、いま世は、子供のころから資産形成を、と言われるほどで、10代20代の若者が将来の年金、云々と政治主張するようにまでなってしまっており、若い世
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