「許さない」ことを「許す」という選択肢
スピリチュアル的には『許し』というのがとても大切だと言われている。ただ、今回、何があったのかはまだ、書き込めていないが、「許さない。」という選択肢があってもいいと思うようになった。沙織は2度離婚しているが、相手に対して、責任は取らせた。初回は【養育費】と【財産分与】の調停をして、2度目は【DVの慰謝料】という調停をして、相手に対して、自分のしたことの責任を取ってもらった。相手に対して、憎しみとかはないから、そういう意味では「許せている」のかもしれないが、【逃げ得】にはさせなかったのである。【自分への許し】は【自己愛】同様「難しい」と感じている人が多い。相手を許すことは出来るのに・・・沙織は今回、「相手を許さない」という【自分への許し】つまり、【許可】を出すことにした。何でもかんでも許せばいい、というものではない。もちろん、相手を呪ったり、憎しみで、自分が苦しくなる、ということは避けたい。そんなことをしなくても、「自分でしたことの責任を自分で取ってもらう」というだけである。それが沙織への自分への【許し】・・・「許さない。」ことを手放せなくて苦しんでいる方がいたら、そのままでいいんだよ、と伝えたい。何でもかんでも許せばいい、というものでもない。と、沙織は思う。許せないものは許さなくてイイである。特に自分の純粋な愛情を踏みにじられたり、利用されたときは特に相手を許す必要なんか、ない。このブログを読んで【許し】について、考え直せた人がいるかもしれない。スピリチュアル的には沙織の言っていることは正しくないかもしれない。しかし、許せないものまで、許している自分が苦しいのであれば、それは、許
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