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人を信用できないのは性格ではなく経験です

「私は人を信用できない性格なんです」これまでの相談の中で、この言葉を聞くことがよくありました。でも私は、その言葉を聞くたびに思います。それは性格ではなくこれまでの経験があなたを守ろうとしている結果ではないか、と。信じた結果、傷ついた経験がある人ほど慎重になります。何もないところから他人を疑うようにはなりません。・裏切られた・軽く扱われた・利用された・話を聞いてもらえなかった・味方だと思っていた人が敵になったこういう経験が積み重なると心は「もう同じ思いはしたくない」と学習します。これは弱さではありません。とても賢い防御反応です。むしろ、何度も傷ついているのに無警戒でいられる方が危険です。あなたの心はちゃんと働いています。「信用できない自分」を責めなくていいのです。でも多くの人が、人を信じられない事で自分を責めてしまいます。・私はひねくれている・性格が悪い・人間関係がうまくいかないのは自分のせいでも違います。あなたは壊れていないし、欠陥があるわけでもない。経験に対して自然な反応をしているだけです。火に触って熱かった人が次から慎重になるのと同じなんです。それを「性格が悪い」とは言いませんよね。信用は一気にするものではなく、少しずつ積み上げるものです。信用できない人ほど「信じる or 信じない」の二択で考えてしまいがちですがでも実際は、信用するまでの間にたくさんの段階があります。・少し話してみる・小さな約束を見てみる・態度の一貫性を見る・時間をかける信用はジャンプして一気に出来上がるものではなく階段を1段1段登って少しずつ出来上がるものです。慎重な人の階段の高さは、他の人より低いかもし
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人を信じること 自分を信じること

人を信じることは、自分を信じること。 逆に言うと、自分を信じることが出来なければ、他人を信じることは出来ません。ではなぜ、 自分を信じることが出来なければ、他人を信じることは出来ないのでしょうか。誰かを何かを信じるためには、基準となるものが必要です。揺るぎない基準となるものがあるからこそ、ブレることなく信じることが出来るのです。例えば、誰かが運転している自動車に乗る場合、運転する人を信じているから乗るのですよね。乱暴な運転をする人の車だと、いつ事故を起こすか分かりませんから、乗りたいとは思わないはず。でももし、自分の中にその人のこと信じると言う自分が存在したら、例え乱暴な運転をする人であっても、その人のことを信用し乗車すると思うのです。ですから、相手を信頼しているという自分を信じる事ができなければ、誰も信じることなど出来ないのです。あなたにも信頼できる人が居ると思います。その人のことを信頼しているという自分を信じているからこそ、信じられるのではないでしょうか。繰り返しになりますが、自分を信じられないのに他の誰かを信じる事なんて出来ないのです。 あなたは、自分自身を信じていますか? そして、信じられる人が居ますか?
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