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ニーチェに問う 死んだのは本当に「神」だったの?

神は死んだ哲学を齧った者としてずっと疑問に思っていた。死んだのは「父のように慕っていた」我々の信頼や旧体制(協会・家族制度)であり、むしろ神は神として自由になったのではないだろうか?と。そして、今も続いているのは、どのような態度で「神」と向かい合うか?そんな問いが居心地悪そうに中央に鎮座している。絶対的他者、非人称的存在の代名詞である「神」それは未来とか存在とか、およそ人智を超えた何者かでもある。クールに、ただの現象として客観的に距離を持って観察と描写に努めても「だから何?」って感じ。メルボルンの明日の天気が100%の的中率だと言われてるような感じがする。なんだか座りが悪い。では、人称的で善意の塊とみなすのもなんだか青臭くてガキっぽい。答えを求めて彷徨い続ける家なき子のようなやるせなさを持て余している。収入の低い世帯に生まれた子供たちは親を「親ガチャ」と呼んで我が身を嘆いているらしい。そんな新しい世代(親もなき、神もない)はどんな宗教感、家族観を抱いているのかしらん?ちょっと興味がある。人類はそもそも「神ガチャ」だったのかもしれないね。
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