一宿一飯の恩義
博徒の間では、旅の途中で泊めてもらったり食事を振る舞われたりして世話になると、生涯の恩義とする仁義があった。今は、人に助けてもらっても当然と考える金を払っているから当然と考える以前、三国志の本読み少し勉強をした際に思ったのが、<利用>が随所にちりばめられている。昨日の敵は今日の友、大義をなす為の裏切り。大きな土地であれば、両端の文化は勿論、言語も違ってくると思います。人のモノを盗っても良い文化であれば、盗人は罪人ではない。人に施しをすることが悪であれば、聖者は罪人になる?≪有難うございます≫と言える大人でありたいと思います。
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