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外科医神経症闘症記 緊張性の手の震え克服への体験記2 夜明け前

  強迫観念的手が震える苦しみ「俺ってあがり症だな」そうつくづく感じた。 手術中の私の意識の集中どころは、当然患部ということでなければならない。 手・指先の繊細な感覚は手術する者にとって絶対的だ。 けれど、自分の手と腕ばかりに(病的に)神経が集中した。 きつくてたまらなかったし、イライラしたし、気になったら最後、意識をそこからはずすことが出来なかった。 腕以外のところに意識を向けようと必死になっていると、怖いことに注意力散漫になり、手術で大きなミスをしてしまうところだった。 無理矢理望むとおりのところに意識が向けることは出来なかった。 あるがまま、あるがまま、それができない 「集中しろ、落ち着け」と念じたら、逆に注意力が散漫し、緊張と焦りが高まった。 森田療法で教わった「あるがまま」も出来なかったし、自然体というものがどういうことかさえも思い出せなくなった。 リラックスを心がけても、リラックスや緩みの感覚がわからないのだ。 落ち着いているってどういうことだろう? あるがままって何だ? あるところに意識を向けるという意識が、意識を向けちゃいけない部分(指先、手、腕)への集中をさらに強化した。 手術の腕は落ちに落ちた。 スピード、手際の良さ、また判断能力が壊滅的だった。 何より感覚が鈍っていった。 当然だ、私の繊細な感覚すべてが、手の震えを抑えるため一点に集中していたのだから。 本当の自分の腕はこんなんじゃないというプライドは高まったが、同時にジレンマと自信喪失が深まった。 昔は何も考えず、手術のことだけに集中していただけにショックだった。 なんでこんなことに俺は苦しまなければなら
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