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夫を見下すと損

ちょっと聞いてほしい。「なんでそんなやり方するん?」「いや、そっちちゃうやろ」「ほんまに気が利かへんなぁ」……って夫に思ったこと、ない?私は、めちゃくちゃある(笑)口には出してないつもりでも顔と空気には出てたと思う。でね。ある日気づいた。夫を見下してるとき、いちばん損してるの、私やんって。見下してるときってちょっとスッキリするやん?「私のほうがちゃんとしてる」「私のほうが分かってる」って、優位に立てる感じ。でもそのあとどうなるかっていうと…夫、黙る。動かん。話さん。なんならちょっと不機嫌。で、私は言う。「なんでそんな態度なん?」って。いやいや。さっきまで心の中でボコボコにしてたの、私やったわ。人ってさ。下に見られてる相手に優しくしようって思わんよね。それ、逆の立場ならわかるのに。しかも怖いのがこれ。見下してるつもりが、だんだん「この人は頼りない人」って自分で決めつけていくねん。で、ほんまに頼らなくなる。そしたら夫も「どうせ俺やっても文句言われるし」ってなる。負のループ完成。そんなんあったわ…って人、いるやろ?でもさ。本音は、勝ちたいわけちゃうねん。大事にされたかっただけ。優先されたかっただけ。ちょっと不安やっただけ。それを認めるほうが正直ちょっと勇気いる。だからつい、「なんでできへんの?」に変換してしまう。夫を上にしろって話ちゃうよ。自分が我慢しろって話でもない。ただ、対等でいるだけ。「私も完璧ちゃうしな」ってちょっと肩の力抜くだけ。それだけで、空気ほんまに変わる。夫を見下すと損。だって愛されポジションから自分で降りてるようなもんやから。もし今イライラしてるなら一回だけ自分に聞
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「かわいそう」と思ったら、それは優しさではないかもしれない

最近、瞑想を続けていて気づくことが増えてきました。それは、自分の感情や思考に対する気づきです。何か出来事が起きたときに、「今、自分はこう思ったな」「今の反応はどこから来ているんだろう?」そんなふうに、自分の内側を観察できる瞬間が増えてきました。ある動画をきっかけに、特に強く気づいたことがあります。それは、自分がどれだけ人を見下していたかということです。最初に気づいたのは亡くなった父のことでした。私はこれまで父を見て、どこかで「かわいそうだな」と思っていました。でもあるとき、ふと思ったのです。「かわいそうって、これ見下しているのでは?」かわいそうと思うとき、心のどこかに「自分はそうじゃない」「自分の方がまだマシ」そんな立場が含まれていることがあります。それに気づいてから、日常の中で同じ感覚がいくつも見えてきました。・誰かを見て太っているなと思う・テレビで新入社員の特集を見て「最初はみんなそうだよね」と思う・誰かの失敗を見て「自分はああはならない」と思うこういう感情は、表面だけ見ると普通に見えます。でもよく観察すると、そこには自分の方が上だという意識が含まれていることがあります。そしてこの感覚は、もしかすると親との関係から来ているのかもしれない。そんなことも少しずつ見えてきました。もちろん、人は誰でもこういう感情を持っています。問題なのは、持つことではありません。本当に大切なのは、「今、自分はこう思ったな」と気づけるかどうかです。感情は、気づいた瞬間から少しずつ変わり始めます。気づかないままだと、その感情に振り回され続けます。でも気づけると、そこに距離が生まれます。瞑想を続けている
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4/11 見下す

人を見下すということは、良くないことですこれは頭ではよく分かっているのですが知らずしらずのうちにやっていることがありますたとえば、買い物をしていてたまたますれ違った人に対して「なんか暗い~、ヤダ~」と勝手にジャッジをしていたり運転していて、「どう考えてもそっちが危ないでしょ」と頭ごなしの怒ったり私の場合は、怒り+見下し パターンが多い傾向にあると思いますやっぱり、イライラ、怒れた時にはその点もみつめることが大切です同時に見下していないか、上から目線になっていないか、自分本位の考えになっていないか、人に対して思うことは、自分に対する感じ方や見方にも同様であることを忘れずまた、自分はそんなに完璧な人間なのか?できるのか、やっているのか、同じことをしていないかこのあたりを確認していくことが大事かなと思いますあるいみ、「私自身を見せられているのだ」 という感覚、視点を持ち続けることが必要だと思います最後まで読んでいただき、ありがとうございます(*^-^*)
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