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喜怒哀楽日記

【父の人間性】 乳飲み子の私を引き取ってくれた父は、本当に、尊敬できる人だった。 私は、小学生の時や中学生の時、作文で、「私の尊敬する人」という題が与えられると、歴史上の人物ではなく、すぐに父の名をあげた。 今考えるに、父への尊敬の念は、やっぱりその人格というか、人間性に対して抱いたのだと思う。 太平洋戦争で中国に出兵した父は、よく当時の事を語って聞かせてくれた。 「本当に、あの頃の日本人はどうかしていたな。朝鮮人や中国人のことは、人間扱いしていなかったからな」と。 その父は、現地で、中国人の女性から好意をもたれ、恋されたらしい。ちょっと自慢げに語ったものだった。 祖国の地を占領していた日本の兵隊に恋をすることは、珍しかっただろう。 それだけ、父が、「チャンコロ」なぞと蔑称していた数多の日本兵とは異なる意識と情を抱いていた証ではないか。 その人種や民族に対する差別感情を持っていなかった父は、後年タクシー会社で重役の任を担ったのだが、その時、採用した在日朝鮮人に対しても、情をかけていたようだ。その方が、北朝鮮に帰国した後で、当の本人だけでなく、なんとあの北朝鮮の国から、父に、感謝の書状が届けられたのだ。 さらに年を経て、私が中学生の時、在日朝鮮人の親友が、同居していた兄が失踪してアパートを出なければならなくなったのを知って、私の部屋に同居することを勧めてくれたのだった。もちろん、3食付きで、無償の処遇だった。 そういう情に厚い、差別意識の無い人だった。 私は、心の底から尊敬し、父を誇りに思っていた。 ゆえに、私には反抗期というものは全く皆無だった。
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