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延命治療を拒否したい!遺言書だけでは不十分な理由と尊厳死宣誓書について解説

病気で体が弱り、死が近づいてきたとき、延命治療を受けずに穏やかに最期を迎えたいと考える方もいらっしゃると思います。 そんな時に「遺言書に延命治療を拒否する旨を書いておけば、自分の意思が尊重されるのだろうか?」と疑問に思う方も多いのではないでしょうか。 結論から言うと、遺言書に延命治療の拒否を書いても、それは法的効力を持たず、必ずしも尊重されるとは限りません。 そこで今回は、その理由と、尊厳死を望む場合にどのような手続きが必要なのかについて、詳しく解説していきます。【遺言書に延命治療拒否を書いても尊重されません!】 遺言書は、自分が亡くなった後に財産をどうするかなどを定めるための文書です。 そのため、遺言書に延命治療の拒否に関する内容を書いても、それが生きている間に有効になるわけではありません。 遺言書は、あなたが亡くなった後に開封されるため、すでに延命治療が必要な状況になってからでは、遺言書の内容が実行されることはないのです。 では、どうすれば自分の意思を確実に伝え、尊厳死を実現できるのでしょうか?【尊厳死宣誓書を公正証書で作成】 尊厳死を希望する場合は、尊厳死宣誓書を作成することが有効です。 尊厳死宣誓書は、自分が末期的な状態になった場合に、延命治療を拒否する旨をあらかじめ明確に記載した文書です。 特に公正証書で作成することで、その内容の法的効力が強くなり、医療機関や家族に対して、あなたの意思を確実に伝えることができます。 【尊厳死宣誓書を作成するメリット】 あなたの意思を明確に示せる: 自分がどのような最期を迎えたいのかを、家族や医療関係者に具体的に伝えることができます
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725.「尊厳死」と「安楽死」の違いとは?

「尊厳死」と「安楽死」の違いとは? 家族が望んだら「受け入れるか?」 1283人の“本音” 「尊厳死」や「安楽死」といった言葉を見聞きする機会が増えた人もいるのではないでしょうか。日本トレンドリサーチが葬儀などを行う「斎奉閣・家族葬会館 和ごころ」と共同で「尊厳死と安楽死」に関するアンケートを実施。その結果を紹介しています。  日本トレンドリサーチは、尊厳死について「患者の意思に基づいた上で延命治療を施さず、自然な最期を迎えること」。一方、安楽死について「『病気やけがなどからの回復が見込めない場合、苦痛から解放させるため、人為的に寿命を操作すること』で、日本では犯罪とされています」と説明しています。  調査は、10月24~27日にわたり、全国の男女1283人を対象にインターネットで行われました。  1283人に「尊厳死」の意味を知っているか聞いたところ、43.2%の人が「知っている」と回答。また、「安楽死」の意味については68.7%の人が「知っている」と答えたということです。尊厳死より、安楽死の方が認知されているという結果になりました。  尊厳死と安楽死の違いを知っているかも聞いたところ、67.3%と半数以上の人が尊厳死と安楽死の違いを「知らない」と回答。そこで「知っている」と回答した32.7%の人に「尊厳死や安楽死が実現されて、家族がそれを望んだら受け入れるか?」と質問したところ、88.2%の人が「受け入れると思う」と回答したということです。 「受け入れると思う」と答えた人からは、「病状によっては仕方がない場合もあるだろうから」(60代・男性)、「本人の望む形にしたいし
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「生命倫理と死生学の現在⑪」 ~人は何のために生まれ、どこに向かっていくのか~

(4)「終末期医療」から発達した「死生学」の奥深さ ②「死」を直視せざるを得なくなった「終末期医療」 「終末期医療」(terminal care)~がんの末期など死期が近づいた人に苦痛や死の恐怖をやわらげる医療です。「死の受容」と「生の充実」が重要な要素となり、「する」治療(cure)の手段は尽きても患者を孤独にせず、最後までそばに「いる」看護(care)を心がけ、全人的アプローチを積極的に行う必要があるとされます。これに関連して死生学(タナトロジ-、thanatology)も1970年代から飛躍的に進歩を遂げ、「死」に対する多角的考察もなされるようになりました。これはギリシア語のthanatos(タナトス、死)とlogos(ロゴス、学問)の合成語で、今日では一般的に「死」と「死への過程」の諸問題を学問的に扱う研究を指します。具体的には、人間が如何によりよく生き、自己の生命の終わりを全うするかについて、医学・看護学・心理学・法律学・社会学・神学・哲学などから多角的に考察しようとするもので、エリザベス・キューブラー・ロスの『死ぬ瞬間』などの著作を契機に、1970年代から飛躍的な進歩を遂げました。この中で自立した死生観の確立を目指した死への準備教育(death education)、末期患者の家族と遺族に対する悲嘆教育(grief education)といった観点は注目されます。 「ホスピス」(hospice)~末期患者のケア・システム、緩和ケア(palliative care)。その中心概念は「死にゆく患者と共に歩む」です。WHO(世界保健機構)方式で痛みのコントロールを行うと、
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「尊厳死を選択した彼女は・・・;;」

なんか、ちょっと胸を締め付けられる感じがしたね~。彼女は、あの時64才じゃった。子供の時に、両親が離婚した。母親に引き取られたが、母親のつきあっていた男が、彼女を虐待していたのじゃ。;;その最悪の状態を耐えに耐えたが、大きくなってその「地獄」から抜け出せたのじゃ。それが原因ではナイじゃろ~けど、彼女は「パーキンソン病」を確か50才過ぎ頃に発症した。家をでて、社会人となり、それから彼女は、「海外生活」をするようになるのじゃ。それは「自由」を思い切り感じていたのじゃと思う。そして「恋」もした。「スイス」では「人生最高の恋愛」を経験した。そして、そこは「人生最後の場所」になった。学校を出て、社会人となり、それから決意して、「海外生活」をするようになった彼女は、「生涯独身」であったが、「海外」では「いっぱい恋」をした。そして「運命の相手」が「スイス」にいた。結婚まで至らなかったが、「人生最高の時」を彼女は過ごしたのじゃ。彼女は「スイスの湖」が好きだった。「運命の彼」との思い出の場所じゃった。彼女は「最後の時」を迎えるまでに「最後の恋の軌跡を訪問」したのじゃ。その「最後の時の看取り」に運命の彼は「立ち会う」との「約束」をした。しかし、それは「果たされなかった」・・・彼はその場所に「存在」しなかった・・・彼女は落胆したが、もう「覚悟」はできていた。彼氏の「心変わり」も素直に受け入れられた。そして彼女の「最後の時」は、「安楽死団体」の女医が付き添ったのじゃ。「女医」は言った・・・・・・「このバルブを開ければ、あなたの希望は叶えられます。いいですか?」・・・「はいとてもうれしいです。」・・・「
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目からうろこが落ちる

循環器病棟で看護師として働き出してからの私は、人の命を守ること救うことが重要であり、救命救急こそやり替えがある仕事であり、「死んでいく」という過程はあまり興味がなかったように思います。「死ぬ」のは結果であり、結果の前に自分がなすべき救命救急こそ、看護師の使命であると強く思っていたからです。 私には同じ職業の娘がいるのですが、その娘と救命救急の話をしている時に、その娘が「私、生きている人には興味はないの、それより死を前にした人に今何をしてあげられるのかを考えたいの」と、なんと私とは真逆のことを言い出したのです。 私は、今まで自分が考えてもみないことに「あなたは何を言っているの」と腹立たしさで、救命救急がいかに大事か口論になったのを覚えています。 そのころ娘は大学生で癌看護を専門に勉強しており、教授のお供で緩和医療学会に同行した直後でした。そこで、終末期医療という分野に出会い強く影響を受けたようでした。会うたび終末期医療について熱く語られると同時に「お母さんも緩和医療の学会に行くべき」と何度も誘われました。気乗りはしなかったのですが、開催地が神戸ということもあり、「おいしいものでも食べに行こう」ぐらいの気持ちで出かけた訳です。 ところがです、行ってみてびっくりでした。ちょうどその当時の学会の流れが、終末期医療や緩和医療を中心とした演題が多く、その分野では最先端のお考えを発信されている先生方のの講演を聞いているうち、いまの延命治療重視の医療ではない「看取り」という終末期医療の考え方があることに目からうろこが落ちる思いでした。 そしてまた、世界の先進国の終末期医療の考え方にも衝撃を受け
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