循環器病棟で看護師として働き出してからの私は、人の命を守ること救うことが重要であり、救命救急こそやり替えがある仕事であり、「死んでいく」という過程はあまり興味がなかったように思います。「死ぬ」のは結果であり、結果の前に自分がなすべき救命救急こそ、看護師の使命であると強く思っていたからです。
私には同じ職業の娘がいるのですが、その娘と救命救急の話をしている時に、その娘が「私、生きている人には興味はないの、それより死を前にした人に今何をしてあげられるのかを考えたいの」と、なんと私とは真逆のことを言い出したのです。
私は、今まで自分が考えてもみないことに「あなたは何を言っているの」と腹立たしさで、救命救急がいかに大事か口論になったのを覚えています。
そのころ娘は大学生で癌看護を専門に勉強しており、教授のお供で緩和医療学会に同行した直後でした。そこで、終末期医療という分野に出会い強く影響を受けたようでした。会うたび終末期医療について熱く語られると同時に「お母さんも緩和医療の学会に行くべき」と何度も誘われました。気乗りはしなかったのですが、開催地が神戸ということもあり、「おいしいものでも食べに行こう」ぐらいの気持ちで出かけた訳です。
ところがです、行ってみてびっくりでした。ちょうどその当時の学会の流れが、終末期医療や緩和医療を中心とした演題が多く、その分野では最先端のお考えを発信されている先生方のの講演を聞いているうち、いまの延命治療重視の医療ではない「看取り」という終末期医療の考え方があることに目からうろこが落ちる思いでした。
そしてまた、世界の先進国の終末期医療の考え方にも衝撃を受けました。
はっきり言って、今まで働いていて、思ったり考えたりしたこともない物事の見方だったからです。
でもそれは個人の尊厳を第一に考えれば当たり前のことなのですが、日本では個人の尊厳よりも重要視されることが多くあり、たとえば死ぬ間際でさえ家族の意思が尊重され優先され、本人は、なされるがままに流されて亡くなって逝くという事実が多くあるからです。
そしてこのことを身をもって実感したのが、老人ホームでの勤務でした。