占い師をしていても、人と変わらない道を選ぶことはある
占い師というと、何か特別な道を歩んでいるように思われることがあります。修練を組んでいたり、瞑想をしていたり。スピリチュアル色が強い方はその傾向があると思われます。未来が見える、心が読める、そう思われてしまうことも。でも、わたし自身は、ふつうに迷い、ふつうに悩みながら日々を生きています。易者は他人の身の上は占うが、かえって自分の身の上はわからない。陰陽師 (おんようじ) 身の上知らず。このような言葉にある通りあえて、泥沼に似た環境に身を置くことを良しとしています。むしろ、占いを学んだからこそ、自分の迷いや弱さに気づいてしまい、そのたびに立ち止まって占った相手のことがわかるようになって来たり価値観が変化していくこともあります。たとえば、「近づかない方がいい人」との関係。占いの現場では、繰り返しそうした人間関係のご相談があります。エネルギーを吸い取るような人、言葉で人を縛る人、依存を植え付けてくる人。あるいは、何も悪くないように見えて、なぜか一緒にいると心が重くなる人。こうした方との距離を、頭では「置いた方がいい」と分かっていても、心はそう簡単に動けないことがあります。縁があると思ってしまったり、情が深く絡んでしまったり。わたしも、かつて「この人とは距離を置いた方がいい」と分かっていながら、離れられなかった経験があります。その関係は、時間をかけて静かにわたしをすり減らし、気づいたときには、言葉では表せない疲れと迷いの中にいました。でも、それでもいいのだと思います。時には占いの中にも「この悪縁を受け入れる」という選択、現状維持をのぞむ。そういったことがあります。イーチンタロットは特にそ
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