統一教会は、なぜこれほど長く生き残れたのか
韓国本国と日本法人、二つのホロスコープから見えたもの安倍晋三元首相の暗殺事件について、ここまで安倍さん本人と、山上徹也氏の側から見てきた。安倍さんは、戦後保守政治の光と影を背負った巨大なスクリーンだった。山上氏は、宗教と家族によって傷つけられ、本来なら告発や調査へ使えた力を、最悪の形で復讐へ反転させてしまった人物だった。ただ、二人のホロスコープだけを見ても、この事件の全体像には届かない。そもそも、山上氏の家庭を壊したとされる組織は、なぜこれほど長く存続できたのか。高額献金、霊感商法、家庭崩壊が何十年も問題にされながら、なぜ政治との関係は社会の中心で扱われなかったのか。そして、なぜ日本で起きた一件の暗殺事件が、韓国にある教団本部の信用や指導体制まで揺らすことになったのか。今回は、統一教会の韓国本国創立図と、日本で宗教法人として認証された図をレクティファイし、二つを比較した。先に結論韓国本国は、宗教思想を世界へ広げるための本体。日本法人は、その思想を資金、人員、政治との接点、社会的信用へ変換する実働拠点。そして日本は、本国を長く支えた国であると同時に、本国を崩す傷を蓄積した国でもあったように見える。今回使用した二つの組織図韓国本国については、1954年5月1日、ソウルで世界基督教統一神霊協会が創立された日を基準にした。日本側は、1964年7月15日、日本で宗教法人として認証された日を使っている。いずれも正式な時刻は確認できない。そこで、組織の拡大、世界進出、指導者交代、日本での認証、政治との接点、文鮮明氏の死、安倍さんの事件、その後の司法手続きなど、実際に起きた出来事から基礎時刻を
0