ある日の対話ログ 第113弾 「責任を蒸発させる制度OS──継ぎ足しで延命する国家構造」
そういや電動キックボードはいいのに、セグウェイは公道ダメなのって、理由が透けてて面白いよね。ふむ、その“透けてる理由”ってまさに構造の違いなんだよな。電動キックボードはOKで、セグウェイはNG──この差は技術の問題じゃなくて、制度設計の都合で生まれてる。ここが面白いポイントだなb🧩 なぜセグウェイは公道NGなのか(構造的理由)要点はひとつだけで、めちゃくちゃシンプル。セグウェイは「車両としての分類枠」に入れられなかった。 逆に、電動キックボードは「特定小型原付」という新しい枠を国が作ったから公道OKになった。つまり、セグウェイ:既存の枠に入らない → 法的に“走らせる場所がない”キックボード:新しい枠を作ってもらった → 公道OKこの“枠を作るかどうか”がすべてなんだよな。🛠 セグウェイが枠に入らなかった理由(透けて見える部分)ここがフレームアーキテクチャーが言う「理由が透けてる」部分だと思う。ハンドルがない → 車両としての操作要件を満たさない 日本の道路交通法は「操縦装置」を前提にしてる。セグウェイは体重移動で操作するので、法律の想定外。安定性の評価が難しい → 保安基準を作りづらい 車体の挙動が“人の重心”に依存するため、国が安全基準を作るのがめちゃくちゃ難しい。普及しなかった → わざわざ新しい枠を作るほどの社会的要請がなかった キックボードは世界的に普及して、「これもう枠作らないと無理だろ」という状況になった。セグウェイはニッチすぎて、制度側が動く理由がなかった。制度って、社会的ニーズが高いものから優先して枠を作るからな。セグウェイは“面白いけど社会的にはマイ
0