季節を誤解してしまったセミの末路
まだ父が健在だった頃、私は前庭の樹木を伐採してつくった駐車場に車を停めていました。初冬の頃、サナギからふ化したばかりのセミが、駐車場の大地から這い出たまま死んでいました。以来、私はその駐車場に車を停めることをやめました。車の暖機運転などで、大地が温められていて、初夏だと勘違いしたと思われるセミがふ化したのだろうと思います。人もまた、サナギの時期はふ化する時期までは耐え忍ぶのが自然の摂理というものなのでしょう。初夏になることを待ちきれず、ふ化して外にでて羽ばたこうとしたら、その末路は哀しいことになるのでしょう。花たちもまた、ひまわりは初夏を待ち、花を咲かせます。桜は春を待って花を咲かせます。私もまた季節を待てないタイプで、もがき試行錯誤し、チャレンジし続けてきましたが、やはり春の運気になるまで充電と準備をしているのが自然の摂理に沿うことなのでしょう。私の大好きな言葉に、「冬来たりなば春遠からじ」と「一番暗いときが夜明け間近のとき」です。苦しい日々が続くときこそが夜明け間近なのだと、改めて思い知らされたのが、セミのふ化したばかりの白いセミの末路でした。 (了)
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