自分の中の違和感―言葉が追いついた日
このブログでは、日々の暮らしの中で感じる不安や悩み、生きづらさとの向き合い方についてお話ししています。私が若い頃には、「ノンバイナリー」なんて言葉はなかった。だから私は、自分をどこかに分類しようなんて考えたこともなかった。ただ、ずっと「なんか違うんだよな」という感覚だけは、身体のなかにあった。今でいう「性別に違和感がある」という状態だったのかもしれない。■ 「女」として扱われることへの、理屈抜きの拒絶水商売をしていた時期もある。仕事と割り切ってはいたけれど、お客さんに言い寄られると反射的に「キモっ」と思ってしまう。相手がどうこうじゃない。「女」として扱われることそのものが、どうしても受け入れられなかった。これは単なる好き嫌いではなく、「性別に違和感がある人」によくある感覚なのかもしれない。■ ズレた問い当時の世の中で、「女に見られるのが嫌なんだよね」と言えば、返ってくるのは決まった一言。「じゃあ男になりたいの?」いや、それも違う。男になりたいわけでもない。女でもない、男でもない。じゃあ何なのか。その答えが、当時の世界にはまだ用意されていなかった。■ ノンバイナリーという言葉に出会った時代が進んで「ノンバイナリー」という言葉に出会ったとき、私は「ああ、これか」と思った。後からそのカテゴリーに飛び込んだわけじゃない。もともとそうだった自分に、ようやく名前が追いついてきただけだ。■ 結局のところ「人間でよくね?」でやってきた自分を説明する言葉がない時代を生きていたから、私は自分を定義することを諦めた。むしろ「男でも女でもない」という悩みより、「人間でよくね?」という、もっと雑で、もっ
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