なぜ私は「想像力」を語り続けるのか。ルーツはジャンプとりぼんにあった。
いつも『想像力』って言いすぎかな?とふと思うことがあります。私にとってそれは特別なスキルではなく、呼吸をするように身についてしまった「処世術」でした。よく『他人は変えられない、自分を変えましょう』という言葉を耳にし私が伝えたいのはその言葉通りなんだろうか🤔と思い考えてみました。両親が本の卸売・配達をしており自宅兼職場はいつも📙本に囲まれて育っていました。ジャンプ、サンデー、マガジン、りぼん、なかよし、マーガレット……。店舗へ配達の為、発売前の雑誌に囲まれ、ジャンルを問わず読み漁った日々です。本って簡単に指先切れるな!と知ったのもこの頃でした(地味に痛いんですよね・・・😂)何千というキャラクターの「人生」を、物語を通じて浴びるように追体験してきたこと。「この人はなぜここで泣くの?」「次はどう動く?」というシミュレーションの繰り返し。それが、現実の人間関係でも「相手の景色を読み取る力」になったと感じています。よく本は読め読め昔から言われてきましたが漫画ばかり読んでいましたねぇ・・・🙄「想像力を持て」と強制したいわけではありません。同じだけ本を読んでくださいと言っているわけでもありません。(現実問題kindleとかで便利に見れるようになったとて、その時間を取るのが難しい方が一定数いるのも理解しています⏰)ただ、視点をほんの1ミリずらして「相手の見ている景色」を想像するだけで、お互いにどれだけ楽になれるか。その「補助線」を引くことが、25年現場を歩んできた私の使命だと思っています。私の「想像力」の半分は、あの頃読んだ無数の漫画たちでできています(笑)。イラストは画伯と子供たちに言われて
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