「名前の唄を聴く」とは
今日は、「名前の唄を聴く」ことについて書いてみたいと思います。私たちは毎日、生まれてこのかた、ずっと自分の名前で呼ばれ、それを何度となく書き、目にしています。けれど、その名前を「聴く」ことは、あったでしょうか。ほとんどの場合、名前がそれ自身の「唄」を持っていることも知らないでしょう。私は毎日、いくつかの名前と向き合い、その方のためだけの名前の声を聴いて編み上げる詩を作っています。その詩を、私は「名前の唄」と呼んでいます。それは、名前の声を聴くことから始まります。私は名前が教えてくれたキーワードから、この世界で人々が感じる感覚に言葉を近づけるために、詩の言葉を探していきます。私は“作って”いる感覚よりも、声を形にしたいと願う思いに対して、詩を編む感性を使っているという感じなんです。名前には、元々その名前だけの響きがあります。私はただ、自分の中を空っぽにして、その名前に耳を澄ませ、そこに宿る言葉を手繰り寄せることに集中します。それから、その名前が教えてくれた世界観を壊さないように、詩に仕上げます。だから、名前の唄は、出来上がった瞬間に、私に素晴らしい景色を見せてくれます。その方自身の魂の響きの宿る名前が本来持つ景色に感動させられるのです。これまで、たくさんの「名前の唄」を作ってきました。けれど、その作品を公開したことはありません。それは出来ないからです。自然と「名前の唄」は、その方にとっての宝物になります。人生の御守り(アミュレット)としてある名前の目に見える形として大切に抱きしめられるものになります。みなさん、手帳の中に、スマホケースの裏(いつでも見れる場所)に、机の引き出しの奥
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