自転車の練習で気づいた、効率よりもずっと大切なこと
普段、私は理学療法士として働いています。仕事柄、誰かに新しい動きを教えたり、身体の使い方を指導したりするときには、どうしても頭の中で「効率的なステップ」や「段階的な進め方」を組み立ててしまう癖があります。先日、子どもと自転車の練習を始めたときも、私の頭の中は完全にその“専門家モード”になっていました。「まずは片足をペダルに置くところから」「次は地面を蹴って進む感覚を掴んで…」そんなふうに、細かい手順を順番に教えながら、少しずつレベルアップさせようとしていました。子どもは素直に話を聞き、言われた通りに動いてくれていました。反発するわけでもなく、淡々と“やるべきこと”をこなしている。でも、後ろからその様子を見ていると、ふと違和感が湧きました。確かに言われた通りにやっている。けれど、どこか「やらされている」ような空気があって、ほんの少しだけ、やりたくなさそうな影が表情ににじんでいたのです。■ 効率よりも、この子に必要なものは何だろう「調べれば、もっと効率的な練習方法はいくらでも出てくる。でも、今この子に必要なのは、本当に“正しいステップ”なんだろうか」そう思った瞬間、私は一度すべての手順を横に置くことにしました。「よし、一回細かいことは忘れて、とにかくやってみよう!」そこからは、あえて指示を出すのをやめました。ただ後ろから自転車を支え、私が一緒に走りながら、とにかくペダルを漕がせてみる。シンプルに、それだけに切り替えたのです。「いくよー!せーの!」「あ、今の惜しい!もう一回!」こちらから「足はこう」「手はこう」なんて言わず、ただ一緒に転びそうになりながら、何度も何度も試していく。する
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