誰よりも、一人のファンへ
〜アメブロの夜が教えてくれた、言葉の本当の価値〜「なんで昨日、ブログ上げてないの?」数年前、私が人生のどん底にいた頃。毎日、必死に自分を保つために書き綴っていたアメブロがありました。 誰かの救いになれば、なんてカッコいいことを思いながらも、実は自分が一番救われていたあの時間。そしてそのブログの「一番のコアなファン」は、実は日々一生懸命にもがいていた娘でした。 「あれを読まないと、一日が始まらないんだよね」母親の、カッコ悪くてみっともなくて、出口が見えない葛藤。 それを毎日「開示」し続けた私の言葉は、知らない誰かではなく、一番近くにいる一人の少女の「心の灯台」になっていたのです。プライドよりも、開示を選ぶ理由私は、立派なことを言うプロではありません。 でも、カッコ悪くても哀れまれても、自分の内側をさらけ出すことはできます。なぜなら、その「痛み」や「迷い」を言葉にすること(翻訳すること)が、どれほど人を、そして自分を救うかを知っているからです。「ぼんやりとして形のない苦しさ」を、名前のある「形」に変える。 それは、私が娘との日々、そして動物たちの命と向き合う現場で、死に物狂いで磨いてきたギフトです。NeoSerenaが届けるものあなたが抱えている、言葉にできない「もやもや」。 それは、いつか誰かの救いになる「宝物」の原石かもしれません。私はあなたの伴走者として、そのぼんやりした想いに光を当て、一番ふさわしい「形」に翻訳します。 かつて、私のつたないブログが娘の明日を照らしたように。この物語の始まり(第1話)はこちらhttps://coconala.com/blogs/164612
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