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もう、逃げられない

スマートフォンを胸に抱いたまま、凪はベッドにごろんと横になる。天井を見つめると、さっきまで普通だった部屋が、少しだけ違って見えた。嬉しかった。たった一言。それだけなのに、心の奥がずっと温かい。画面をもう一度開く。新しい通知は、まだ来ていない。なのに、来そうな気がしてしまう。その予感だけで、胸がきゅっとなる。「……ばか」小さく呟いて、枕に顔を埋める。橋の上で近づいた距離。カフェで向かい合った時間。駅前で交わした約束みたいな言葉。全部が、ちゃんとつながっている気がした。スマートフォンが、また震える。今度は短く、軽く。画面に浮かんだのは――おやすみ。また明日。その一行に、凪の心臓が一気に跳ねる。ゆっくり、指を動かす。おやすみ。また明日ね。送信。既読がつくのは、ほんの一瞬だった。凪は思わず笑ってしまう。もう、逃げられない。でもそれが、嫌じゃなかった。布団をかぶって目を閉じる。夜は静か。なのに胸だけが騒がしい。恋は、音を立てずに始まるものだと思っていた。でも本当は、こんなふうに――静かに、でも確実に、心を占領していくものなんだ。凪はそのまま、小さな幸せを抱えたまま眠りについた。明日が来るのが、少しだけ楽しみで。
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