真理追究家
先日、クライアントさんとのセッションを通じて、こころ研究家の活動における、深い深い感謝と喜びを得た。
それは人生で初めてかもしれない感覚で、これは使命と言えるのではと思った。
そのこと自体も大変な発見であったが、その少し前に、こころ研究家の活動は本当にやりたいことか?と自問した時に、自分が喜びを感じる部分がどこなのかを精査した。
それはクライアントさんのこころと問題となる部分の内部構造を理解して、解き明かすところだと感じた。
その時に、学生時代に歴史と宗教の絡み合い方と、それらが伝播する中での民族の関係性による変容の図式がつながった時に、言いようのない興奮と喜びを感じていたことを思い出した。
つまり、真理を追究するのが好きなんだ、ということに気付いた。
その代え難い感覚も、使命と呼べるものだ。
少し前に黙示録について調べていたのだが、黙示録を意味するアポカリプスという言葉は、元々「覆いをはずすこと」を意味するそうだ。
真理の追究は、自らのかけた覆いをはずすことに似ている。
そう、真理は秘密のものではないし、隠されてもおらず、ただそこにあるものなのだが、自分が作ったいろんなもので見えなくなっているだけなのだ。
アポカリプスはやととかよくね?って思ったけど、ミュータントと戦いそうでちょっと微妙w
そんなわけで、こころ研究家と並ぶもう一つの使命は、真理追究家だった。
喜びと幸せと感謝に包まれながら、この活動を進めることで、愛する世界をさらに素敵なものに出来ることを確信している。
はぁ、さいこぉ
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