森の別荘に住む女優「時をもらう女」第1話
〜静かな森に、未来の声が迷い込む〜
森の匂いは、都会のそれとはまったく違う。
車のエンジンを切った瞬間、空気がぽん、と柔らかく変わったのが分かる。木々の湿り気、土の甘さ、遠くの水音。呼吸するたびに胸の奥がほどけていく。
女優・**倉谷 友香(くらたに ゆか)**は、深く息を吸って、ゆっくりと吐いた。
背中にまとわりついていた“名前の重さ”が、少しだけ軽くなる。
母屋の扉を開け、靴を脱いで上がる。
都会の家と比べると、ここは静かすぎるほど静かだ。古い木の床が、足の裏に少し冷たく、柔らかい。窓を開けると森の影が差し込み、白い壁に葉のゆらぎが映る。そこに風が来るたび、影が生き物みたいに動いた。
「帰ってきた」
言葉にすると、胸の奥が小さく鳴った。
この別荘は、友香が“誰でもない自分”に戻るための場所だった。
友香は都会の画面に映る人だった。
誰かの記憶に残る役として、誰かの言葉の中で生きる人だった。イベントに出れば笑う角度を求められ、撮影現場では一秒の沈黙にも意味を持たされる。
けれど、ここでは沈黙が主役だ。
森が、友香の代わりにずっと喋っている。
友香は荷物を置くと、まずキッチンの蛇口から水を出した。
細い音が森の静けさに線を引く。
マグに水を入れ、コップの口をつける。冷たすぎない、山の水の甘さ。
スマホは車に置いたままにした。
電波が届くことは届く。けれど届く場所に置きたくない。ただそれだけだ。
窓辺の椅子に腰掛けて、ふっと笑う。
ここにいると、笑っているのか、笑わされているのか分からなくなる瞬間が減る。だから好きだった。
昼過ぎ。
友
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