わたしたちは違う。 だから、整えていける夫婦でいたい。
前の日の夜から、わたしの中では小さな悲しさが積もっていた。
ほんの些細なことなのに、うまく言葉にできないまま眠りにつき、
朝を迎えたときには、胸の奥が少し重くなっていた。
ようやくの思いで「悲しかった」と伝えたとき、
夫は少し考えてから静かに言った。
「それは、量子力学でいう“抵抗”みたいなものかもしれないね」
その言葉を聞いた瞬間は、どこか遠い世界の話のように感じた。
でも、いま思えば――
それは“わたしを落ち着かせよう”という、彼なりのやさしさだったのかもしれない。
感情で感じ取るわたしと、理屈で整理する夫。
思考の向きがまるで反対だから、
同じ出来事でも、見えている景色が違う。
そのとき、わたしは「わたしたち、両極端だね」と言った。
夫は小さく笑いながら答えた。
「同じ人間が二人いるわけない」
あのときは、その言葉が少し冷たく聞こえた。
でもいま振り返ると、それは“違いを認める言葉”でもあったのだと思う。
わたしたちは、同じではない。
だからこそ、お互いを整え合うことができる。
その日の午後、わたしたちは、何も言わずに寝室を整えはじめた。
言い出したのはどちらだったのか、もう思い出せない。
けれど、どちらからともなく動き出したその瞬間、
わたしたちの間に流れる空気が、少しやわらかくなった気がした。
ベッドを動かし、掃除機をかけ、カーテンを洗って干した。
小さな作業をひとつひとつこなしていくうちに、
午前中まで重たく漂っていた“悲しみの残り香”が、
少しずつ薄れていった。
言葉はほとんど交わさなかった。
けれど、動きのリズムは合っていた。
重いものを運ぶときは、自然にどちら
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