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「結果の平等」と「機会の均等」福井県立大学後期2011年改作

(1)問題次の文章を読んで、後の問1〜問2に答えよ。①「平等」を唱える人たちも、「いかなる平等が正しいのか」あるいは「どういう状態が平等か」という定義が、実は曖味なのです。もともとの古典に立ち返ると、ジャン=ジャック・ルソー(フランスの思想家、1712~1778)は自然法思想で自然状態を想定します。原始共産社会のように私有財産制のなかった社会では、人は平等だったはずだというわけです。人間が私有財産制を持ち込んでから、醜い格差や不平等が発生することになったという近代の告発が、ジャン=ジャック・ルソーによってなされました。けれども、ふと立ち止まってみると、われわれは、みんなが同じ家に住んでみんなが同じ職業に就いてみんなが同じ所得で、みんな同じような生活をしている社会は、どこか気持ち悪い社会だと思うわけです。つまり、自由でないと感じるのです。②フランス革命では一応、「自由・平等・博愛」が旗印になったけれど、実は自由と平等はそう簡単には両立しないのではないか。みんな、どこかで自由と平等はトレードオフ(両立しない)の関係にあるという実感をもっているのです。まさにそこが、「機会の均等」と「結果の平等」が矛盾する、という言い方に現実味を与えているのです。③改めて言うと、市場原理を強調する新古典派の人たち(最近では「構造改革」論者たち)は、どちらかというと、「機会の均等」(=皆が同じスタートラインに立てること)さえ保障すればいいという議論になります。つまり、「結果の平等」をめざしてあまりに所得の再分配をすると、能力があったり努力している人が、怠けていたり能力のない者に、お金を奪われてしまう。税
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