寿命までの命
私は出雲大社の手足口であり宿禰・彦根の役割に大変感謝している。同時に私には大日如来と大黒天と荼枳尼天と奈良・新薬師寺の薬師如来がついている寿命まで生きる。もし、その間に病気怪我した場合は、薬師如来の手足になって働く処置方法を熟知して治せる医者、最良の治療方法の論文、すぐに治る薬この辺がセットになってやってきていつも常に命を救われる。だからこの命を投げ槍にすることなく他人に富をつかませ幸運を呼び寄せ私にかかわるものすべてを健康にしなければならない。そう考えている。同時にそうして私は徳を積み、陰徳を満つらせ湛えて溢れ返さないとならないもう人間界に転生したくない。神の世界の光る列柱の円卓会議の末席でいいのでそこで常任したい。そうやって、人の病気は治せないけれども、治る方向に導く人生の医師であると考えている。人はいつも失敗の連続で何をやってもうまくいかない。そして幸運の絶頂から地獄へある日突然ころげおちる。よくある話なのだが、地獄界には落ちないようにさはいするとか血なまぐさい修羅の奴等とは交流させないとか畜生、餓鬼とか関係を持たせないそういう流れだ。飢餓餓鬼会や畜生の世界は墓参りなんかしなくても菩提寺に3万円くらい持っていきこの彼岸に施餓鬼する。盆と暮れは菩提寺に行ってお坊さん家族に何万円か渡して盂蘭盆会とする。そうすると鉦や太鼓でお経を上げてくれ先祖供養となる。同時期に卒塔婆も送る。もし菩提寺がなかったら、火をたくお寺で先祖供養をしてもらう。年に1回でよい。先祖の罪一等を減じてもらうお手紙が卒塔婆顧問弁護士報酬が施餓鬼と盂蘭盆会と考えれば納得できるだろう。火をたくお寺は閻魔大王への付
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