アイデアとは間違えることそのもの
ある記事で発想法とは間違える方法であるというフレーズがあり、本当その通りだなと感じたという話です。実際に、アイデア出しが苦手な人は、正解を探しがちというのは痛いほど分かるのですが、そことも関連します。つまり、正解として何か固定的な決められた、誰かが「それ合ってるね」(それいいねではなく)といってほしい。でもそれはない。そこでジレンマやストレスで挫折してしまう。前提としてこれは正解があるとか、間違えないとかがそもそも「間違っている」んですね。そんな前提はないので。正確にいえば、正解不正解とか、間違いとかって軸が消えないってことですね。なのでここではそういう見方をしちゃうのも分かるので一旦保留するか、別軸で考えるしかないかなと。アイデアっていうとキラキラしてぴかぴかして、とてもすごいものみたいな。宝箱というか、お金そのものというか(笑)そんなイメージある人もいるのかなと。でも、確かに宝かもしれないけども、実はそれは今と違うことであるので、大体は「間違える」ものなんですね。今が正解とする世界線なら、アイデアは間違ってるってことです。コップにコーヒーを注がずに、コップを裏返して、その上にコーヒーを少し注いで飲む。奇異ですが(笑)でもそれが不正解ではないと。飲み方が分からないならそれもあるというか。まさにそれがアイデアですよね。コーヒーが入ったポットに、コップを突っ込んで掬うでもいいじゃないですか。伝わります?そういう間違えていいってことを、アイデアは実は担保するともいえるかなと。これ気づくとめちゃくちゃ面白いなあと。そういう意味で僕が気づいたのは、間違えていい世界を作りたかった、という
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