魂が求めることは、世間一般の価値観からかけ離れている
こんにちは。光の翼 木村 心美です。いつもブログをお読みくださり、ありがとうございます♪幼い頃から両親が我が子の将来を案じて様々な良しとする万全な理想教育を施しながらレールを敷いてくれる。そのレールに従ってレールから脱線しないように親からの教えに忠実に沿って生きれば、人生において間違いは起こらない。生涯を通して食いっぱくれのない安泰な生き方だと子供の頃から教えられる。そこに「私」の自由な意志はあってはならない。「私」の内側から自然に湧き上がる純粋な意志は邪魔になる…。「私」が内なる意志に従えば、親が良かれと敷いたレールから大きくはみ出し脱線することにもなりかねない…。「私」は「◯◯したいな。」…という願望や希望が湧いたとしてもその希望では、「食べていくのに生活が安定しない。苦労するから…。」…と誰もが口々に反対する。安定=安心、善不安定=不安、悪…という二元性の一方しか受け入れられず集合無意識に根強く固定化している。しかも二元性のどちらか一方の「受け入れられない」極の方が「私」の世界に現象化するという事に一体どれだけの者が気がついているのだろうか…??これは、「受け入れられない」極が「受け入れられる」極になるためのすべての万人に共通する学びのシステム。周囲の大人は不安定を嫌い否定するので内側から自然に湧き上がるものを見なかったことにして再度出て来ないように内部奥深くに押し込めて事を荒らげないように大人しく親の教えに黙って従う者もいるだろう…。世間一般の価値観というのは、大体このようなものばかりだ…。世間一般の価値観に強く縛られていては、しっかりとハイヤーセルフに繋がる者がほとん
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